お風呂上がりに冷たいものがほしくなってキッチンに寄ってみたら、兄が夕食を取っているところだった。
「お帰りなさい。遅かったんだね」
「今は仕事が面白いときだから、本当は帰りたくないくらいなんだけど・・・、折角なら、座れよ。いろいろ聞きたいこともあるし」
「聞きたいこと?」
「・・・守秘義務があるだろうから話せる範囲でいいけど、宮殿はどんな建物なのか、お前はどんな部屋に住んでいるのか、聞かせてくれないかな?」
あぁ、なるほど。僕でさえ、宮殿のフォルムの美しさに見とれるくらいなのだ、建築家の兄が気にならないはずはない。
「でも・・・、今言われて気がついたんだけど、写真とか撮ったことないんだよね。いつでも見れるから、わざわざ写真に撮らなくてもいいと思ってしまって。だから、今度撮ってくるよ。オススメスポットはいろいろあるから」
「そうか、希にとっては家なんだよな」
「・・・うん、今は家だと思える」
僕は幼い頃から10歳年上の兄が勉強しているのを見ては、勝手に吸収したらしく、幼稚園の頃には天才児として有名だったそうだ。そこで、王宮から招宮されることになったわけだが、楽しいことばかりではなかった。
「そう言えるようになるまでには、時間がかかったんだろうな。・・・王宮に送り出したことがよかったのか、今でも分からない」
「ううん、そんな風に取らないで。今では本当に、ありがたいと思っているよ」
言うと、兄は複雑そうな顔をして、ビールをぐいっと飲んだ。
「お前がそう言うなら、過去は水に流してもいいのかな?」
「うん。さっさと、水に流してほしい。思い出したくないこともたくさんある。でも、そのおかげで、殿下や結城と知り合うことができたわけだから、悪いことばかりではなかったかもね」
と思うようにすることで、何とかここまで来た。
「でも、過去のことなんて思い出している暇はないよ。次期皇太子に任命していただいたし、少しでも殿下に近づけるよう頑張るだけで精一杯だからね」
「次期皇太子?」
ということで、これまでの経緯を説明する。
「我が弟ながら、凄いな。これは、のんびりしているわけにはいかないぞ」
兄は、残りの食事をそそくさと片づけると、また聞かせてくれよな、と言って、自室に帰っていった。