いよいよ撮影開始。出逢いのシーンはうまくいったし、今のところ兼古先輩の厳しい言葉も出ていない。感情の変化を表すときには、清水先輩の言葉が参考になる。さすがに先輩は、そのシーンだけでなく全体の流れを細かく把握しているのだろう。僕なんて、目の前のシーンをこなしていくことだけで必死なのだけど。
「それじゃ、少し休憩しましょう」
清水先輩の一言で、僕は大きなためいきをつく。・・・今まで味わったことのない緊張感なので結構疲れるけれど、新鮮で楽しい。
「なかなかいい演技だぞ」
あ・・・。今明らかに上柳さんが僕と話したそうな顔をしていたのだけど、兼古先輩がジュースを二本持ってやってきて、隣に腰掛けた。
「ありがとうございます。・・・いただきます」
先輩も気づいていないわけではなさそうだけど・・・。
「お前の役的には、上柳さんとの距離がなかなか近づかないところが見せ場なのだから、あんまり親しくしすぎないほうがいいんじゃないか?」
・・・やっぱり先輩はわざと。
「でも彼女のほうが・・・」
「あれは、お前に惚れてるって顔だな」
うっ・・・。思わず飲み物を噴出しそうになってしまい、むせた。
「なんだよ、お前には彼女がいないのか?」
「・・・ええ」
「過去も現在も?」
「はい、過去も現在も」
「じゃあ、上柳さんのことはどう思ってる?」
「・・・いい友達、ですか?」
へぇ~と、兼古先輩が興味深そうに僕の事を見る。・・・バレてませんよね?
「だったら、せめて撮影中は親しくなりすぎないこと。不器用なままのほうがいいから」
・・・僕は不器用ですか?確かに初めての恋人にドキドキしているところなんですけど。