5/6 (水) 22:00 音色

その日のヴァイオリンの音色を聴くと、僕自身の体調や精神状態が分かる。

沢渡からのお願いのため昼間は学校に行かなければならないので、まずは朝、少々早起きをして楽器と身体のウォーミングアップをする。そして夕方、もしくは夜宮殿に帰ってきてからは、先生のレッスンを受け、終わってからも自分なりに復習する。

国内のタイトルはいくつか獲得したけれど、世界を相手に勝負したことはない。僕の先生は世界的に有名なヴァイオリニストを何人も輩出しているので、僕にもそれを期待している。僕だってタイトルを獲りたい。ヴァイオリンを始めたからには、多くの人に認めてもらいたい・・・。

ヴァイオリンは唯一の武器だ。僕は沢渡みたいに才色兼備なわけではない、ただ、ヴァイオリンを持てば誰にも負けないという自信がある。・・・逆に僕からヴァイオリンを取ると、何も残らなくなる。

でも正直に言うと、わずかだったけどビデオドラマで演じさせてもらったことは、いい経験になった。初めて僕ではない誰かになろうとした。普段の僕とは違う服装で、言わないような台詞を言ってみた。ビデオドラマを見た時は恥ずかしかったけれど、予想していたよりは悪くなかったのではないかと思う。すると同時に、見慣れたヴァイオリンにもまた新鮮さが感じられるようになった。やっぱり僕にはヴァイオリンで、僕の帰る場所である。その思いが伝わるように、今日の音色はウキウキと軽やかな感じで、弓の滑りもよい。

その時、来客を告げるチャイムが響いた。・・・結城さんだ。

「よかったら一曲聴かせてくれないかな」

はい。・・・一人で練習するよりも、人に聴いてもらうのが好きだ。特にこんな調子のいい日は・・・。

「いや~、素晴らしかった。ありがとう」

曲が終わると、結城さんは目を細めて拍手をしてくれた。・・・実は僕は結城さんのことが少々苦手だ。特に何かされたわけではないのだけど、威圧感があるので、構えざるを得ない。・・・それでご用件は?

「アイツから何か聞いてないか?・・・その、恋人とうまくいってるかどうか、とか」

はぁ?・・・僕は慌てふためいて、ヴァイオリンをぎゅっと抱きしめた。

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