結局昨夜は、殿下、結城さんと沢渡の前で、30分ほど演奏することになった。僕としては沢渡の様子を伺うことよりも、まずは演奏に集中した。
「朝霧くん、よかったよ。・・・それにしても、君は何て楽しそうに弾くのだろう?きっといい演奏家になるよ」
「ありがとうございます」
・・・殿下こそ。殿下の笑顔はとても素敵で、人を幸せにしてくれます。
そして肝心の沢渡は、ネクタイこそしていなかったけれどスーツのパンツにシャツ姿で、そのせいもあるのか落ち着いた様子に見えた。・・・もう大丈夫なのだろうか?
「僕も晩餐会に出席させていただくことになった」
殿下の部屋からの帰り道、僕たちは展望台に向かった。今夜は月が明るくてあまり星が見えないが、静けさと幻想的な光の具合が、心のもやもやを取り去ってくれそうだ。
「それなら君も大変だね」
「うん。本格的に仕事に携わるようになってから初めての晩餐会で、しかも殿下が僕を紹介してくださることになっている。とても光栄だけど、少し緊張しているかな?」
・・・そうか。沢渡とはいつも学校で一緒にいるけど王宮の話はできないので、何だかやっと僕たちの時間が返ってきたような気がした。そう思うと、学校ではお互い仮の姿で、ただ周りに合わせているだけなのかもしれない。この彼の穏やかな様子を見たら、もう何も聞かなくても分かってしまった。
「僕は大丈夫だよ。やっぱり今は仕事に賭けたいんだ。そして演劇に関しては、清水先輩から演出について学ぶことから始めるよ。・・・実はそっちのほうが重要だって知ってた?」
え・・・あ、その。
「殿下がそうおっしゃってくださったんだよ。・・・今回のことは僕にとっていいように働いているはず」
遠い目をする彼には、何が見えているのか?まだ計りしれないパワーが秘められていることだけは、間違いない。