今日でほとんどの方が離国されたので、辺りにも静けさが戻ってきた。かのモーリス殿下も、
「次に会うときには、ダブルデートをしよう」
などと楽しそうに笑って、飛行機に乗り込まれた。そうなると・・・。
帰り道。僕は側近の竹内に命じて、車を住宅地に回してもらうことにした。
「どうしたのよ」
たどり着いた玄関、彼女はくすくすと笑いながら、僕を温かく出迎えてくれた。
「会いたくなったんだ」
「テレビで観ているだけでも、ホーンスタッドの皇太子殿下はお忙しそうだったけど?」
舞は高校のときの同級生で、それ以来今も付き合っている。彼女は小学校で教師をしているし、僕はもちろん仕事が忙しくてなかなか会えないが、一緒にいられる時間が少ないからといってうまく行かなくなったことはない。貴重な時間を有意義に過ごすために、逆にそれぞれの時間も大切に過ごすようになった。前回より少しでも成長した自分でいなければ。そうでなければ僕は彼女に会う資格がないと思う。
通い慣れた部屋のソファーに腰を落ち着けていると、彼女がハーブティーを淹れたカップを運んできてくれた。
「また寝てないんでしょ」
彼女は僕の不眠症をよく理解している。
「しょうがないよ。今週は僕にとって勝負がかかった週だったんだから」
「そのわりには、モーリス殿下と楽しそうにいていたじゃない?」
「もう弱ったよ。会わせて、会わせてってしつこくて。でも、舞の言葉は嬉しかった。今の僕があるのは君のおかげだよね」
そうね、と彼女は僕にもたれかかり、腰に手を巻きつけてきた。僕の入宮が決まったとき、悩んだ挙句別れの手紙を書いた。いつ会えるのか分からないのに、約束はできないと思って・・・。
「君を手放そうなんて考えた僕がバカだったよ。かけがえのない人なのに」
「・・・いいの。あのときの貴くんには、考えることがたくさんありすぎた。あれが精一杯だったのよ、今となっては懐かしい思い出ね」
そうだ。僕はいつも彼女に我慢ばかりさせている。入宮当初は新しい環境に慣れることが先で会えなかったし、ある程度仕事が軌道に乗り始めてきたら、今度は人目を忍ばなければならなくなった。でも僕は、あくまでも仕事を優先させる、これは貫き通しているし、彼女にも理解を求めている。・・・こんな僕でも、彼女はいつも温かく迎えてくれる。おそらく彼女以外にできた女性はいない。
「モーリス殿下には、できるだけ早いうちに正式に紹介したいと思うんだ。・・・いや、モーリス殿下にだけじゃない、この国の人たちにも、そして世界の人たちにも、僕の大切な人だって紹介したいんだ」
「貴くん・・・」
僕は身体を起こして、彼女と向き合った。
「君と結婚したい。・・・君の準備ができた時でいい、今度は僕が待つよ」
「・・・皇太子殿下と結婚するとなると大変ね」
そうだね。舞自身はお妃教育を受けなければならないし、国の内外に知らせることになると、僕もいろいろと・・・。
「でもそれが貴くんのお仕事なんだから、しょうがないわね」
「君は、僕の隣にはもったいないくらいの女性だよ」
「そうなれるといいんだけど・・・。とりあえず、来年の3月で仕事を辞めたいって言ってもいい?」
「うん、そうしてもらえると助かる」
「じゃあ、喜んでお受けします」
ふんわりした彼女の髪をかきあげ、その唇に口づける。・・・でも、ごめん。しばらくは内緒にしていてね。