どうして沢渡くんって、あんなに何でもできるのだろう・・・そんな王子さまみたいな人が、私なんかを相手にしてくれなくても当然と言えば当然かも。
そう考えたら切なくてたまらなくなり、私はベッドを抜け出した。今は同じ建物の中で夜を過ごしているというのに、私たちの距離はあまりにも離れすぎている。・・・この恋は決して報われない。どうして、もう少し普通の人に恋をしなかったのかな?・・・なんて言っても始まらないか。
そして私は階段を降りていく。少し外を散歩しようかなと思って。
この時期でも、まだ朝晩はひんやりしている。クリウスは広大な森の中にあるので、空気が澄んでいて気持ちいい。・・・でもこんな広いところに誰もいないのかと思ったら、だんだん泣けてきちゃった。高校に入ったら素敵な彼氏と楽しい学校生活を・・・なんて考えは、甘かったみたい。
そんな時、静寂の中に靴音が響くのが聞こえてきた。宿泊施設のほうに近づいているみたい。こんな時間に誰だろう?・・・これは会うとマズイのでは。あ、でも。
まだシルエットしか見えないけれど、私には分かる。すらりとした長身と、その颯爽とした歩き方・・・私の愛しい人。
「どうしたの?こんな時間に」
珍しく彼は心底驚いたような声を上げた。・・・それもそのはず、私はいきなり沢渡くんに向かって走って行き、抱きついたのだから。
「・・・眠れなくて。・・・いろんなことを考え始めたら、だんだん怖くなって」
何言ってるの、私。・・・そんなこと、沢渡くんに言ってもどうにもならないのに。
「ねえ、身体が冷たいよ。いつから外にいるの」
案の定、言葉は優しかったけれど、やんわりと私の身体を離した。でも次の瞬間、彼のぬくもりが伝わったジャケットを、肩からかけられた。・・・今度は逆に緊張して震えてしまいそうになるよ。
「よかったら、少し散歩する?」
・・・うん。願ってもないこと。
「少し用事があって抜け出していたんだけど、内緒にしてくれる?」なんて彼は笑いながら、時々私の腕をさすってくれる。沢渡くんと秘密を分かち合うことができるなんて・・・嬉しい。それに、彼の体温を感じていたら、だんだん気持ちが落ち着いてきたので、私たちはベンチに腰を下ろした。・・・沢渡くんの大きなジャケット・・・甘い香り。
「あ、ゴメン。沢渡くんも寒いよね」
見ると、シャツ一枚じゃない。
「僕は別にいいよ。もう少しそのままでいたほうがいい」
「ありがとう・・・。随分落ち着いたよ」
「そう・・・それはよかったね」
うん・・・。ダメ、このままでは沈黙が続いちゃう。
「沢渡くんって、何ヶ国語話せるの?」
「え?」
確かに、急なネタフリだったかも。でも、いつも授業とか・・・昨夜にしてもそうだったけど、凄いなって思ってて。
「え~と、五ヶ国語くらいかな?日々勉強だよ」
そんな、学年トップの人が日々勉強なんて言うなら、私たちはどうしたらいいのよ・・・。あ、清水先輩も学年トップだったんだよね。
「地区予選応援してるよ。舞台裏から観られるなんて、僕は贅沢だよね」
うん。そうだけど、そうだけど・・・。
「私、沢渡くんのことが好き」
うわっ。・・・何言ってんの私。
「ありがとう。・・・でも僕には他に好きな人がいるんだ」
・・・あ、そう。・・・そうなんだ。・・・でも気持ちを伝えられたし、好きな人がいるって聞けただけでも満足かな?
・・・今だけ、もたれさせてもらってもいいかな?・・・今だけは、私だけの沢渡くんでいてほしい。