6/14 (日) 3:00 眠れぬ夜

どうして沢渡くんって、あんなに何でもできるのだろう・・・そんな王子さまみたいな人が、私なんかを相手にしてくれなくても当然と言えば当然かも。

そう考えたら切なくてたまらなくなり、私はベッドを抜け出した。今は同じ建物の中で夜を過ごしているというのに、私たちの距離はあまりにも離れすぎている。・・・この恋は決して報われない。どうして、もう少し普通の人に恋をしなかったのかな?・・・なんて言っても始まらないか。

そして私は階段を降りていく。少し外を散歩しようかなと思って。

この時期でも、まだ朝晩はひんやりしている。クリウスは広大な森の中にあるので、空気が澄んでいて気持ちいい。・・・でもこんな広いところに誰もいないのかと思ったら、だんだん泣けてきちゃった。高校に入ったら素敵な彼氏と楽しい学校生活を・・・なんて考えは、甘かったみたい。

そんな時、静寂の中に靴音が響くのが聞こえてきた。宿泊施設のほうに近づいているみたい。こんな時間に誰だろう?・・・これは会うとマズイのでは。あ、でも。

まだシルエットしか見えないけれど、私には分かる。すらりとした長身と、その颯爽とした歩き方・・・私の愛しい人。

「どうしたの?こんな時間に」

珍しく彼は心底驚いたような声を上げた。・・・それもそのはず、私はいきなり沢渡くんに向かって走って行き、抱きついたのだから。

「・・・眠れなくて。・・・いろんなことを考え始めたら、だんだん怖くなって」

何言ってるの、私。・・・そんなこと、沢渡くんに言ってもどうにもならないのに。

「ねえ、身体が冷たいよ。いつから外にいるの」

案の定、言葉は優しかったけれど、やんわりと私の身体を離した。でも次の瞬間、彼のぬくもりが伝わったジャケットを、肩からかけられた。・・・今度は逆に緊張して震えてしまいそうになるよ。

「よかったら、少し散歩する?」

・・・うん。願ってもないこと。

「少し用事があって抜け出していたんだけど、内緒にしてくれる?」なんて彼は笑いながら、時々私の腕をさすってくれる。沢渡くんと秘密を分かち合うことができるなんて・・・嬉しい。それに、彼の体温を感じていたら、だんだん気持ちが落ち着いてきたので、私たちはベンチに腰を下ろした。・・・沢渡くんの大きなジャケット・・・甘い香り。

「あ、ゴメン。沢渡くんも寒いよね」

見ると、シャツ一枚じゃない。

「僕は別にいいよ。もう少しそのままでいたほうがいい」

「ありがとう・・・。随分落ち着いたよ」

「そう・・・それはよかったね」

うん・・・。ダメ、このままでは沈黙が続いちゃう。

「沢渡くんって、何ヶ国語話せるの?」

「え?」

確かに、急なネタフリだったかも。でも、いつも授業とか・・・昨夜にしてもそうだったけど、凄いなって思ってて。

「え~と、五ヶ国語くらいかな?日々勉強だよ」

そんな、学年トップの人が日々勉強なんて言うなら、私たちはどうしたらいいのよ・・・。あ、清水先輩も学年トップだったんだよね。

「地区予選応援してるよ。舞台裏から観られるなんて、僕は贅沢だよね」

うん。そうだけど、そうだけど・・・。

「私、沢渡くんのことが好き」

うわっ。・・・何言ってんの私。

「ありがとう。・・・でも僕には他に好きな人がいるんだ」

・・・あ、そう。・・・そうなんだ。・・・でも気持ちを伝えられたし、好きな人がいるって聞けただけでも満足かな?

・・・今だけ、もたれさせてもらってもいいかな?・・・今だけは、私だけの沢渡くんでいてほしい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です