朝起きてみても沢渡がベッドにいた様子はなかった。部長との話がいつまで続いたのか、その後宮殿に帰ったのか、その辺りは分からない。が、まだ時間的に早かったので、ヴァイオリンを持って散歩に行くことにした。
クリウス学園は、広大な森の中にある。その中でなら演奏しても大丈夫かな?と思う。
僕自身、ゴタゴタに巻き込まれるのはぜひとも遠慮したい。それでいくと、僕も部長に早く引退してもらいたい。なんて思ったのだけど、沢渡はうまく解決してくれたかな?・・・そのモヤモヤを吹き飛ばすためにも、練習することにする。
でも、そのゴタゴタのせいで邪な気持ちが萎えたのか、以前よりは安定した音色になってきた気がする。あの夜、殿下は僕の演奏を聴いて、「やっぱり迷いがあるみたいだね」と苦笑されていたけれど、「そのエネルギーを正しくぶつければ、いい演奏になりそうだ」ともおっしゃってくださった。
「おはよう」
曲が終わって一息つこうとしたところでいきなり声がしたので、僕は心底驚いた。いつの間に・・・しかもそこにいるのは沙紀ちゃん!?
「いつからいたの?」
「え?ついさっき。・・それにしても凄い集中力ね。本気の演奏を聴けてよかったわ。ねえ、もう一曲お願いしてもいい?」
え・・・。これはマズイのではないか?どんな演奏になるか・・・知らないぞ。・・・いや、待って。僕はこれでも楽士だ。毎日厳しいレッスンに励んでいる。沙紀ちゃんにもいい演奏を聴いてもらいたい。
意を決してヴァイオリンを構える。
・・・僕の想いを届けたいと思った。
「ありがとう。とても素敵だった」
彼女はベンチから立ち上がって、拍手をしてくれた。・・・こちらこそ、ありがとう、だよ。何だか今の演奏で吹っ切れた気がする。
「私ね、・・・朝霧くんのことが好きなの。・・・よかったら、・・・お付き合いしてくれませんか?」
沙紀ちゃんは恥ずかしがりながらも、はっきりと言ってくれた。
「僕でよければ、喜んで」
だから僕も、その気持ちに応えたいと思った。