コンクールの本番中、予想外のことが起こった。沙紀ちゃんが突然、セリフを忘れてしまったのだ。
今までに、たとえ練習中でも、そんなことは一度もなかった。でも大勢の人が観に来ている大舞台の上では何が起きてもおかしくない。その場面で相手役を務めていた僕は、咄嗟にアドリブをはさんでその場を凌いだのだけど、そのわずかな沈黙の時間が永遠のようにも感じられた。
「本当にすみませんでした」
上演後舞台脇に下がった途端、沙紀ちゃんは涙声で部長に謝った。
「大丈夫。沢渡くんが機転を利かせてくれたおかげで、部外者にはさほど分からなかったはずよ。何よりも、そんなアクシデントがあったのに、最後まで演じたことが立派だったわ」
部長~、とその後も沙紀ちゃんの涙は止まらず、村野さんがどこかに連れ出した。
「本当のところ、どうでした?」
「ちょっと気になったけど、流れが途切れたりはしなかったから、許容範囲でしょう」
よかった。おかげで僕は変な汗をかいた。僕の動揺が表に出ていなかったかというのも気になるところだけど、問題なのはそんな些細なことじゃなくて、全体的にどうかということだから、気にしなくていいとのこと。
僕たちが今回出場したのは都のコンクールで、高校生だけでなく大学生や一般の人も出られる大会だから、上位が狙えるのかどうかは分からない。逆に、上位でなくても責任を感じることはない。
僕が行くとまたおかしくなると思って、沙紀ちゃんのところには行かなかった。結果発表のときまでには客席に戻ってきたけれど、誰とも目を合わせようとしない。
「第3位、クリウス学園高等学校」
やった!結果的には1、2位が社会人、大学生だったから、上出来だったと思う。僕たちはステージに上がって、賞状とトロフィーを受け取る。部長も、兼古先輩も、みんな笑顔だ。・・・沙紀ちゃんも。
帰り道、今ならいいだろうと思って、沙紀ちゃんに声をかけた。
「ごめん、僕のせいでいろいろと迷惑をかけてしまって」
「ううん、コンクールでナーバスになっていた私がいけなかったのよ。迷惑をかけたのは私のほう。・・・今日もだったね」
大丈夫だよ。僕たちはみんな頑張ったじゃない。
「私は、役者には向いていないみたい。だから今度から裏方に志願しようと思ってる。部長に話してみるわ」
・・・そんな寂しいこと言わないでよ。また不安になるじゃないか。