でも僕たちの心配は取り越し苦労に終わった。1年生たちはいつの間にか結束を固めていて、演じたい作品の脚本を持ってきたのだ。しかも有名な戯曲の・・・。石井が持ってきた瞬間、2年生の面々は顔を見合わせて微笑み合った。ということでせっせと打ち合わせを進めて・・・。
部活の終わりに、僕と朝霧は部長に呼ばれた。
「コンクールの脚本が仕上がりつつあるのよ。だから二人には役作りに励んでもらおうと思って」
そうか、部長たちは昨日そのことで楽しそうだったんだ。
「今回のテーマは生きること。舞台は病院で、沢渡くんには事故で視力を失った青年、朝霧くんには病気で死期が迫っているけど明るく振る舞う患者を演じてもらうわ。ストーリー展開は、沢渡くんが演じる青年が生きる望みを失うのだけど、先生や周囲の人たちとのやりとりからもう一度生きようとする、という感じになる予定。あ、ちなみに主治医は祐輔ね」
目が見えない役か、難しいな。
「それでなんだけど沢渡くん、ピアノを弾いてもらえないかしら。目が見えないわけだから、他の感覚を使いたいと思うのよ」
なるほど・・・。確かに以前先輩方にピアノを聴いてもらったから、ネタにされてもしょうがない。
「でも、見ないで弾けるかどうかは分かりません」
「それは別にいいわ。無理そうだったら音は別に録音して流してもいいし。ただ、絶対沢渡くんの演奏を使わせて。とてもよかったのよね、沢渡くんの演奏が」
僕は思わず朝霧の顔を見た。演奏がよかったと言ってもらうのは、正直申し訳ない気がする。僕の演奏は気分次第で本当に大きく変わってしまうので、とても誰かに聴いてもらえるようなシロモノではない。親しい相手でないと恥ずかしい。
でも逆に、感情の変化を表すにはいい道具だという気がする。ただそれは、その場で実際に弾かなければ意味がないのではないだろうか。となると、見ないで弾く練習をすることになるのだけど・・・、僕に可能だろうか。
「彼はいつも気持ち良さそうに宙を見ながら弾いているので、大丈夫だと思いますよ」
・・・朝霧、なんてことを。
「じゃあ、来月からお稽古に入りたいと思うので、よろしくね」
これは大変なことになってしまったぞ。