僕自身も動揺したことに驚いたけれど、
「だからと言って、朝霧がそんなに怒ることないだろ?」
昨日の帰りからず~っと怒っているから、逆にこっちは気持ちが冷めてしまった。…朝霧とは何度かケンカをしたけれど、いつも彼のほうが折れてきた、なのに、
「今回は明らかに君が悪い。僕は許さないからね」
…そう言われても困るんだけど。
確かに、僕としては今かなり気持ちが揺れている。…何故かこのところ、有紗さんとしっくり来ない。マンネリ化というわけではないのだけど、あまりにも有紗さんが自分を変えなさ過ぎるのではないかと、疑問を持つようになった。相変わらず他国のVIPたちとデートに出かけている。そのわりに、僕といるときは、大事なのは希だけ、だなんて。…そんなことが信じられると思う?
そんな時に川端さんが眩しく見えるのは事実。その、素直で一生懸命な姿を見ていると、ついつい手を差し伸べたくなってしまう…。
台本読みではまだまだ固いところがあった。この作品では兄妹の絆が重要になっているから、息の合ったところを見せないと。
「川端さんに、兄弟はいるの?」
やっぱり直接コミュニケーションをとることが大事だ、と思って、休憩のときに僕は声をかけてみた。
「いいえ、私は一人っ子なんです」
「そう。僕にも妹はいないから勝手がよく分からないんだけど、台本を読むと、凄く仲の良さそうな兄妹だよね」
「はい。妹としてはお兄ちゃんのことをずっと誇りに思っていただけに、人生に対して投げやりになってしまった様子を見るのが辛かったんだと思います。お兄ちゃんにはいつまでも憧れのお兄ちゃんでいてほしいんです」
…やっぱり。彼女は演技のことになると物怖じしないで雄弁になる。しかも、きちんと役のことを捉えている。そうか、僕は妹にとって憧れのお兄ちゃんなのか。だと余計に、事故後は会い辛いよね…、という具合に次々と役のイメージが湧いてくる。
が、ふと見ると朝霧がじっと僕のことを見ていた。そして、僕と目が合うと今度は自分から目を反らして違う方向へと歩いていった。だから、どうして朝霧が怒っているんだって!