問題はピアノ。昨夜朝霧と相談したのだけど、先に曲を決めたほうが練習しやすいと思ったので、部活の後部長と兼古先輩に良さそうな曲を聴いてもらうことにした。…ただ、練習してもうまくいかなければ、弾くマネだけにさせてもらう。そのためにも、他の部員には内緒にしておきたい。
ストーリーは事故で失明してしまい生きる望みを失った青年が、妹からプレゼントされたピアノをきっかけに再び生きる決心をするというもの。そのラストシーンで演奏する曲なのだから、彼の心境を表すような前向きで明るい曲がいいと思う。
部長がキーボードを持ってきてくれて、即席演奏会のようになった。
「沢渡くんの演奏って、独特の味わいがあって素敵よね」
「…いえいえ、申し訳ない感じですよ」
「好みが分かれる演奏ですが、殿下はいたく気に入られているんですよ」
「へえ~、殿下の前でも演奏するのか?」
「はい、去年の誕生祝いにグランドピアノを買っていただいたので、殿下のリクエストにはいつもお応えしています。もっとも、持ち運び可能な楽器で、なおかつ本職の演奏家である朝霧のほうが需要はありますけどね」
「そんなことないって。僕も彼のピアノは好きですよ。聴くのも、合わせるのも」
先輩たちはへぇ~と唸りながら、でも着実に曲を絞り込んでいってくれて、無事に意見はまとまった。僕もこれならドラマティックだし、感動のラストシーンにはうってつけだと思った。ただ、見ないで弾くとなると難しいかも…。
そんな時、部室のドアが控えめにノックされ、部長が返事をした。
「すみません、失礼します。忘れ物をしてしまったみたいで…」
そこにいたのは川端さんだった。
「ああ、どうぞ。そうだ、折角だから深雪ちゃんも聴いていく?ラストで演奏する曲が決まったのよ」
…ちょっと部長!いきなりそんな。
「いいじゃない。深雪ちゃんには大事な役を務めてもらうし、お稽古のときに流すためにも録音させてほしいから」
「…分かりました」
急に胸がざわめき始めた。普段の僕なら何でもない曲なのに、妙に緊張する。譜めくりのために横にいる朝霧が細かな指示をしてくれたのだけど、その言葉は左耳から右耳へと抜けていってしまった。