騒ぎが起こるといけないので4限目の授業の途中でクリウスに入り、折角なので一緒に校内を歩いてきた。あの頃と比べるといくつかの建物が新しくなったり改築されたりしているが、僕たちが使っていた校舎はそのままだった。・・・懐かしい。そして3年生の時の担任の先生もまだいらした。
学食の一つにはパーティーもできる個室があり、理事長や僕たちの、そして沢渡くんの担任と、兼古くんに清水さん、沢渡くん、朝霧くんが揃ったところで、昼食会の始まりとなった。
「今日はわざわざお集まりいただきありがとうございます。私たちは明日宮殿で婚約の儀と会見をすることになりましたことを、まずは報告させていただきます。つきましてはマスコミの方々が私たちの出逢いの場であるクリウスを訪れることが予想されますので、その対処法を仕官のほうから説明させていただきます」
僕たちが婚約を発表すれば、しばらくは僕たちのことで持ちきりになるだろう。それはめでたいことなのでいいのだけど、僕たちの周りの人々に迷惑がかかってはならない。僕たちに関して言われて困ることはないのだが、沢渡くんのことはまだ伏せておきたいとか、校内にまで入れるのかとか、理事長や担任には個別に応えてもらうのではなくインタビューに答える機会を作っていただくとか、確認事項が多いので、足を運ぶことになったわけだ。
そんな仕官からの伝達が終わると、料理が運ばれてきた。今日の沢渡くんは、やはり目にあまり負担をかけないようにということで眼鏡をかけているが、調子はよいとのこと。
「言葉遣いがおかしくなりそうで心配だよ。今から練習しておかないといけないよね」
と言ったのは、僕たちの元担任。それはそうだろう、今では立場が逆転してしまったのだから。
「でも先生は、ずっと僕の先生のままですよ。それは一生変わりません」
「でも響くんは大きく変わったよ。確かに高校の時からしっかりしていて、リーダーシップを発揮していたけれど、まさかこんなに早く皇太子として活躍するなんて思ってもみなかったからね・・・沢渡くんもいずれはそうなるのかい?」
「いずれではなく、僕なんかよりずっと早く表舞台に出ることになると思います。彼はとても優秀なので」
「殿下が優秀だとおっしゃるくらいなら、相当なんですよね。あの・・・、授業をする意味があるのでしょうか?」
おっと、沢渡くんの担任がうろたえている。先生の担当は・・・現代社会。これは痛い、が、
「意味は大いにありますよ。現場ではどんな教育が行われているかを知るいい機会になりますから」
「殿下、やめてください。それは反則ですよ」
「そんな、先生。僕は先生の授業は好きですよ。間違えていないか気が抜けませんし」
沢渡くんまで遊んでいるじゃないか。・・・いや、隣で朝霧くんが小さくなってしまっているのでかわいそうだ。
「いえ、沢渡くんには団体生活の経験がなかったので、普通の高校生らしいことをさせてあげたかったんですよ。僕が彼女と出逢えたのも、将来のことを考えるようになったのもクリウスでの高校時代でした。あの3年間は僕にとっては宝物なんですよ。今でも高校の時の友人たちと会いますし、本当に昨日のことのように鮮やかなのです。だから、沢渡くんにもクリウスを薦めたんですよ」
それはありがとうございます、と理事長が頭を下げた。
「ですが、沢渡くんに関してはまだ問題もあるようで・・・。それは彼自身が対処していかなければならないことなのでここでは触れませんが、彼は一人で思い悩んでしまうタイプですからご迷惑をおかけしてしまうこともあるようです。彼を特別扱いする必要はありませんが、先生方は生徒とコミュニケーションをとるという形で、先輩のお二人は後輩の面倒をみるという形で彼に接してあげてください。よろしくお願いします」
これで沢渡くんにも自覚が芽生えるだろうか・・・。
「それで結局、私たちは何のためにクリウスに行ったのかしら?」
ヤバイ!帰りの車に乗るなり、舞がふと呟いた。明日は婚約の儀だというのに、揉めている場合ではない。
「明日以降は当分舞が主役なんだから、今日のは大目に見てよ」
「・・・そうよね、やっぱり沢渡くんのことが心配よね」
聞いてくれていないし。これはさすがにいけない。
「何て言うか、照れ臭いんだよ。今までずっと隠してきたことを急に公にしてもいいと言われても、慣れていないからできないんだって。・・・確かに僕は気ままだし、勝手だから、舞がついてきてくれなかったら独りぼっちになっていただろう。こんな僕のことをずっと気にかけてくれていることには、本当に感謝しているんだ、ありがとう。僕は僕なりに、君のことを愛している」
そして軽くキス。・・・これでいい?でも気持ちは本当なんだよ。
「こういうことをさりげなくできるということは、他でもやったことがあるってことよね」
「違うよ。今のは大陸の戯曲に出てくる一節で・・・」
「それも嘘。・・・もう貴くんはどこまでもシャイなんだから。明日はきちんとキメてよ。一生に一度のことなんだから」
分かっているよ、舞のほうこそ素直じゃないんだから。・・・ということは似た者同士なのかな?僕たちは。だから一緒にいられるのかな?