「どんな女の子かよく見てこい」
結城は、沢渡くんが気にかけているらしい女の子のことが気になってしょうがないみたいだ。僕としてはそのことも心配だけど、婚約発表以来初めて二人揃って外出するということのほうが大きい。この一週間、本当に忙しくて息つく間もなかった。加えて間もなく議会も始まるので、今日だけはわがままを言って、無理矢理スケジュールを押さえたのだった。プレゼンターを仰せつかったのも、そうすれば変更はできないと思ったから。・・・本当はこっそり来たかったのだけど、時期が時期だけに、やむを得ずたくさんのフラッシュを浴びてきた。
いよいよ、僕たちの後輩の出番。ストーリーは大体聞いていたのだけど、始まってまだ何分も経たないうちから舞はハンカチを目に当て始めた。気持ちは痛いほど分かる。役と本人とを重ねてはいけないと思いつつも、沢渡くんが演じる小宮山と彼自身が重なってしまってどうしようもない。いや、僕たち以外でも、涙を誘うだけの熱演ぶりに、あちこちからすすり泣きが聞こえてきている。沢渡くんはこの役のために全てを懸けてきたと言っても過言ではない。それこそ、全身全霊を懸けてこの役を演じている、それが観客に伝わらないわけない。
そして彼だけではなく、自分の身をもって生きることの大切さを伝える役の朝霧くんも、精一杯サポートする先生役の兼古くんも、兄を励まそうと頑張る妹役の子も・・・そうか、彼女のことか。純真で一生懸命でキラキラしているあの子に頑張れと言われたら、頑張らないわけにはいかない。そしてそれにできる限り応えようとピアノの練習を重ねて演奏する最後のシーンでは、きっとマスコミに撮られているに違いないとは思ったけれど、涙を抑えることができなかった。
出場校の演目が全て終わり、僕はプレゼンターを務めるためにステージへと向かった。もちろんその途中で、しっかりメイクを直してもらうことも忘れずに・・・このまま出たらマズイに決まっている。
他校の作品も素晴らしく、3位、2位の学校にも心から拍手を送り、二言三言をかけた。しかし正直に言って、2位の発表の時にもまだクリウスの名前が出なかったことにホッとしていた。
「そして1位は、クリウス学園高等学校です」
発表すると、ひときわ大きな歓声と拍手が沸き上がった。いつも沢渡くんから話を聞いているし、公演のビデオも見せてもらっているのでほぼ全員を知っているが、ここで親しみを表しすぎてはおかしくなる。けれど、せめて部の主要メンバーとは握手をしたいと思った。
清水さんには、「素晴らしい作品でした。全国大会の結果も期待しています」
兼古くんには、「とても頼もしい先生に見えました」
沢渡くんと朝霧くんにはまた今夜ゆっくり話そうと思うけど、「迫真の演技に舞共々泣かされました」
そして噂の彼女には、「本当の兄妹みたいに見えました。もっと自信を持っていいですよ」
沢渡くんに演劇を勧めて本当に良かった。でもまだ、全国大会で優勝してくれないと、手放しでは祝福できないけどね。