でも昨日の夜も電話してくれた。しかもピアノの話をしていたせいか、電話越しに弾いてくれると。
“地区予選の前にピアノを弾いてほしいってお願いされたけど、学校で弾くとどこの誰が聴いているか分からないから、とりあえず家のピアノで弾くね。何がいい?”
何がいい?と聞かれても、先輩がどんな曲を弾くのか知らないし。
「今の気分に合う曲をお願いします」
と言ってみた。すると先輩は、明るくテンポの速い曲を軽やかに弾いてくれた・・・それが私には意外だった。先輩のイメージから、もっとクールな曲とかしっとりした曲だろうと思ってた。特に今は夜だし。おまけに、この時間にそんなに思い切って弾いても大丈夫なのかな?とも思ったし。
“この曲は君のイメージ”
え?私はそんなに明るいほうではないし・・・。
“そんなことないと思うよ。何だか凄く遠慮している感じがするけど、もともとはこんな感じじゃない?演じているときはとても生き生きして、輝いているから”
・・・そうですか?・・・とっても恥ずかしい。演技をしているときのビデオを見ることには、凄く抵抗がある。そんな風に先輩には見られているんだと思うと尚更・・・。
今日の部活では、先輩はまたいつものポーカーフェイスに戻っていた。・・・先輩の役はとても激しい。だから普段くらいは明るく振る舞っていないと、どんどん沈み込んでしまうんじゃないかと思った・・・それで電話のときにはテンションが高いのかな?地区予選の前までは本当に余裕がなさそうで、見ていて痛々しかった。でも今は、兼古先輩と冗談を言い合ったりできるようになったみたい。
・・・私のほうは、地区予選までは本気で先輩のことを励ましてあげなきゃと思っていたけど、今は逆に毎晩の電話で先輩から明るさをもらっているので、自然とそれを役に活かせている気がする。だったら尚更、先輩はわざと明るく電話してきてくれているのかな?
でも今日はまだ電話がない。いつかかってくるかと思うとなかなかお風呂にも入れず、待っていたけれどかかってこないので急いでお風呂に入って戻ってきたけど着信はなく、何だかガッカリ。
「ゆうこ、今日はかかってこないね」
部屋で飼っている犬のゆうこに話しかけながら、たたずむことしかできない自分をもどかしく思う。・・・今日は土曜日だし、先輩は出かけちゃったのかな?だったら一言でもいいから、メールをくれたらいいのに。・・・そういえば、先輩からメールをもらったことはない。というか、電話番号しか交換していない。先輩はしばらく目が見えなかったのだから、聞かれなかったのも当然か。