加藤さんは、沢渡が素性を明かした後は、部室で見学することが多くなった。同じ待つのなら見学したらどうか、と勧めてみたら、快諾してくださったのだった。しかし不思議なのは、体つきががっしりしているのに、空気のように辺りに溶け込んでしまっていること。さりげなく沢渡をフォローしながらも、必要以上のことはしない・・・気づけば、沢渡のそばに加藤さんがいることが当たり前のようになっている。
「加藤さん、沢渡は何か言ってましたか?忙しいことは知っているのに、言い過ぎた気がして・・・」
沢渡と深雪ちゃんの演技には相変わらず鬼気迫るものがあり、それはそれでいいのだけど、二人ともあまり俺と話す時間を作ろうとしないことが気になっているのだ。
「大丈夫ですよ。今の沢渡さんは、いろんなストレスを役で発散させていらっしゃるようですから」
「仕事に影響が出たりしていませんか?」
言うと、加藤さんはおかしそうに肩を震わせた。
「これくらいで仕事に支障を来すようでしたら、財務長官に就任できないでしょう。それに沢渡さんは変身願望がもともと強い方ですから、その機会が得られたことで、沢渡さん自身も気持ちが落ち着いてこられたように思います。殿下が沢渡さんに演劇を勧められたのも、そんな理由からなんですよ」
そうなんだ・・・。俺にも時々思うことがあった、沢渡は多重人格なんじゃないかって。でも王宮側が演劇を容認しているということは、沢渡の精神衛生上、敢えて人格をまとめるよりもそれぞれを満たしたほうがいいと考えたというわけだ。でも沢渡が精神分裂気味になったのは、やはり無理矢理入宮させられたことに関係があるのでは・・・。
「沢渡が自分の道を受け入れるのに、どのくらいかかりました?」
「私が側近を務めさせていただくようになった時にはすでに落ち着いていらっしゃいましたから、詳しいことは分かりませんが、結城さんが沢渡さんに付かれてからは早かったようです。ですからやはり、問題解決への意志と人との出逢いは大事になさったほうがよろしいかと」
あ・・・、質問の意図が読まれていた。・・・そうだよな、分かりやすいよな、俺は。沢渡がまだ幼い時に人生を決めたというのに、俺は18にもなってまだ決めかねている。逃げていてはいけない。
「率直に言ってください。俺は政治家に向いていると思いますか?」
すると加藤さんは、私はただの仕官ですから参考程度にお聞きになってください、と断ってから、
「カリスマ性がおありになるので人目は惹くと思いますが、・・・政治に興味をお持ちですか?」
・・・やはりそこに行き着くわけだ。こればかりはどうしようもない、政治家は無理だ。じゃあ、俺はどの道に進めばいい?