舞を家まで送りがてら川縁を散歩していると、たくさんの人から挨拶をされた。
「殿下は人気者よね。・・・ここまで身近に感じてもらえているところが凄いわ」
ただ、声はかけられても、握手をしてくださいとか、写真を撮ってください、とか言われることは外国での場合のほうが多い。ほとんどの人があくまでも挨拶か、言葉を交わしても二言三言なのは、僕としても助かる。
「だから舞も、気軽に応じてあげてね。こんな風に知らない人同士でも挨拶ができる国って素敵じゃない?」
「そうね。今は夜にウォーキングをしている人も多いみたいだし、防犯上もいいかもね」
一応ここは散歩コースなので、街灯がきちんとついていて人通りも多いほうだと思うけど、女の子が一人で犬の散歩をしていたりすると、さすがに少し心配になる・・・あ。
「こんばんは、深雪ちゃん」
「殿下!・・・に舞さんまで。・・・こんばんは。・・・あ、ちょっと、こら!」
深雪ちゃんが連れていた犬が僕の足下でしきりに吠えたので、深雪ちゃんはだっこした。
「すみません、普段はそんなに吠えないんですけど・・・」
「珍しく嫌われてしまったみたいだね・・・沢渡くんだと吠えない?」
「はい・・・気に入っているみたいで、凄くおとなしくなっちゃいます」
隣で舞は、楽しそうに深雪ちゃんの犬、ゆうこちゃんを撫でていた。・・・舞は気に入られたみたい。
「いつもこんな時間に散歩してるの?」
聞くと、気持ちを落ち着かせるために散歩をしていたら、いつもより長くなってしまった、と。・・・ここで僕たちが文化祭の公演を期待しているよ、なんて言ったら余計にプレッシャーをかけることになるだろう。難しいな、と思っていたら、
「殿下は見にいらっしゃるのですか?」
と深雪ちゃんのほうから聞いてきたので、『光と影』を観に行くよ、と普通に返しておく。
「本番はきちんとできる自信があります。でもそれまで気持ちをコントロールするのが難しくて大変なんです」
そうだよね~、深雪ちゃんはまだ演劇を始めて間もないわけだし、当然だ。それでも、本番はできる!と言い切れたところは大いに進歩したんじゃないかな?
「それはみんな同じだし、お互い様だよ。沢渡くんだって、ピアノを弾いたり、朝霧くんに相談したり、それでもダメなら結城や僕を頼ったりして何とかやっている、という感じだよ。・・・こと深雪ちゃんに関しては激しく取り乱す傾向があるからね、彼は」
ちょっと貴くん!と隣から肘鉄が入る。イテッ。
「でも、自分の気持ちと向き合うことは大事なことだよ、高校生くらいのときには特にね。まずは自分をよく知ること、どんな時にどうすれば気持ちが落ち着くのか分析してみて。その上で誰かの手助けが必要ならば、素直に助けを求めればいい。深雪ちゃんの周りには、深雪ちゃんのことを心配してくれている人がたくさんいるよね。でも、助ける側とすれば、どんな風に助けてあげたらいいのか、なかなか分からないものなんだよ。だからそういうときは、こうしてほしい、と言ったほうが、周りは楽だし、もちろん深雪ちゃんも楽になれる。・・・深雪ちゃんが思っている以上に、周りの人は深雪ちゃんのことを思っているよ」
ああ・・・、泣いちゃった。かわいいな~、と撫でてあげようとしたら、ゆうこちゃんが僕の指先にかじりつきそうになった。
「あ、すみません、本当に」
「いいよ、大丈夫。送っていってあげるから、乗って」
車中で舞はずっと、呆れたような目で僕を見ていた。