9/15 (木) 21:00 散歩道

舞を家まで送りがてら川縁を散歩していると、たくさんの人から挨拶をされた。

「殿下は人気者よね。・・・ここまで身近に感じてもらえているところが凄いわ」

ただ、声はかけられても、握手をしてくださいとか、写真を撮ってください、とか言われることは外国での場合のほうが多い。ほとんどの人があくまでも挨拶か、言葉を交わしても二言三言なのは、僕としても助かる。

「だから舞も、気軽に応じてあげてね。こんな風に知らない人同士でも挨拶ができる国って素敵じゃない?」

「そうね。今は夜にウォーキングをしている人も多いみたいだし、防犯上もいいかもね」

一応ここは散歩コースなので、街灯がきちんとついていて人通りも多いほうだと思うけど、女の子が一人で犬の散歩をしていたりすると、さすがに少し心配になる・・・あ。

「こんばんは、深雪ちゃん」

「殿下!・・・に舞さんまで。・・・こんばんは。・・・あ、ちょっと、こら!」

深雪ちゃんが連れていた犬が僕の足下でしきりに吠えたので、深雪ちゃんはだっこした。

「すみません、普段はそんなに吠えないんですけど・・・」

「珍しく嫌われてしまったみたいだね・・・沢渡くんだと吠えない?」

「はい・・・気に入っているみたいで、凄くおとなしくなっちゃいます」

隣で舞は、楽しそうに深雪ちゃんの犬、ゆうこちゃんを撫でていた。・・・舞は気に入られたみたい。

「いつもこんな時間に散歩してるの?」

聞くと、気持ちを落ち着かせるために散歩をしていたら、いつもより長くなってしまった、と。・・・ここで僕たちが文化祭の公演を期待しているよ、なんて言ったら余計にプレッシャーをかけることになるだろう。難しいな、と思っていたら、

「殿下は見にいらっしゃるのですか?」

と深雪ちゃんのほうから聞いてきたので、『光と影』を観に行くよ、と普通に返しておく。

「本番はきちんとできる自信があります。でもそれまで気持ちをコントロールするのが難しくて大変なんです」

そうだよね~、深雪ちゃんはまだ演劇を始めて間もないわけだし、当然だ。それでも、本番はできる!と言い切れたところは大いに進歩したんじゃないかな?

「それはみんな同じだし、お互い様だよ。沢渡くんだって、ピアノを弾いたり、朝霧くんに相談したり、それでもダメなら結城や僕を頼ったりして何とかやっている、という感じだよ。・・・こと深雪ちゃんに関しては激しく取り乱す傾向があるからね、彼は」

ちょっと貴くん!と隣から肘鉄が入る。イテッ。

「でも、自分の気持ちと向き合うことは大事なことだよ、高校生くらいのときには特にね。まずは自分をよく知ること、どんな時にどうすれば気持ちが落ち着くのか分析してみて。その上で誰かの手助けが必要ならば、素直に助けを求めればいい。深雪ちゃんの周りには、深雪ちゃんのことを心配してくれている人がたくさんいるよね。でも、助ける側とすれば、どんな風に助けてあげたらいいのか、なかなか分からないものなんだよ。だからそういうときは、こうしてほしい、と言ったほうが、周りは楽だし、もちろん深雪ちゃんも楽になれる。・・・深雪ちゃんが思っている以上に、周りの人は深雪ちゃんのことを思っているよ」

ああ・・・、泣いちゃった。かわいいな~、と撫でてあげようとしたら、ゆうこちゃんが僕の指先にかじりつきそうになった。

「あ、すみません、本当に」

「いいよ、大丈夫。送っていってあげるから、乗って」

車中で舞はずっと、呆れたような目で僕を見ていた。

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