宮殿の清掃は、ほぼ24時間にわたり行われている。昼間は政官の居室、夜間は執務室や会議室などの政務に関わる部屋や、通路、食堂を始めとする公共スペースと、それだけで一つの町ほどある宮殿を美しく保つために、清掃仕官は忙しく働いている。
「失礼いたします」
出かけていらっしゃることは存じているが、一応挨拶をしてから入室する。沢渡長官の居室は、いつも片付いていて綺麗だから助かる。中には、服や食器を散乱させたままの方もいらっしゃるが、沢渡長官のように忙しくなさっているのにも関わらず綺麗に使ってくださっている方もいらっしゃるのだから、できないことはないはず。しかしこのようなことを申し上げられる立場にはないので、沢渡長官の居室を掃除させていただいている間の気分のよさを、できるだけ持続させるようにしている。
実は昨日、置き手紙があった。青いペンが行方不明なので探してほしい、と。いつも整頓上手な長官が物をなくされるなんて滅多なことではないので、同僚と探してみたのだけど、なかなか見つからない。
そもそも、あらゆる物がすべて定位置に置かれている部屋だから、目に見える範囲にないことは一目瞭然。では引き出し?と思ってあちらこちらを開けてみたけれど、そこにもない。ピアノに紛れ込んでいるのかと思ったけれど、それも違い、バスルームやトイレにもなく、まさかキッチンには・・・と思いきや、それは冷凍庫の中にあった。どうやらアイスを取り出された際に、代わりに入れてしまわれたらしい。
それでこちらも、見つけた場所を便せんに書いて置いておいたら、
“冷凍庫の中だったなんてお恥ずかしいです。昨日はありがとうございました。よろしければお持ちください”
という置き手紙と焼き菓子の箱が、リビングのテーブルに置かれていた。お忙しいのにわざわざご用意してくださったのか、それともたくさん届く贈り物のお裾分けをしてくださったのかは分からないけれど、お菓子はありがたくいただいておくことにした。その心遣いが嬉しい。
気分が良くなったところで、今日も掃除に励むことにしよう。いつも二人組で部屋を掃除していて、パートナーは主にリビングと寝室、私は水回りを担当させていただいている。まずは洗濯物を別の担当者に引き渡し、バスルーム・・・排水溝に長い髪の毛を残さないようにするのがなかなか大変。そしてアロマキャンドルのストックをチェック・・・お風呂に入られるとき、お好みでつけていらっしゃるようだ。キッチンでは、食洗機の中の食器を片付け、冷蔵庫のストックをチェック。水とヨーグルトとフルーツは必ず入れておくこと。他にコーヒー関連のストックの補充も欠かせない。
そして最後に、「今日も一日お疲れさまでした。お菓子をありがとうございました」と書いて退室させていただく。