1/17 (火) 15:00 国葬

「沢渡くん、想像してたより穏やかな顔してるわね」

「そうだな、俺なんかまだ信じられないよ。例のごとくひょっこり登場されそうだもん」

先輩方も同じように思っているみたい。いや、誰もがそう思っているに違いない。会場の前方に掲げられている、響殿下と舞さんのご遺影を見ても、これが葬儀だなんて考えられない。

最前列で正装している希の様子はモニターテレビを通してしか見れないけど、落ち着いて仕事用の顔をしている。大好きな殿下が亡くなって希が冷静でいられるわけがないけど、明日には皇太子になる人だから、私なんかがしてあげられることは何もない。

やっぱり私には程遠い世界で、しかもこの年で即位するなんて前代未聞のことで、よく知らない私にでも大変だってことは分かる。メッセージを送っても既読すらつかないし、モーニングコールも時間指定をしてこないってことはお休みってことで、折角今日は生で見れるチャンスだと思ったけど、ただ会場の端と端ってだけでなく、とてつもない隔たりを感じる。希は私ひとりのものじゃない、これでサヨナラになっても仕方ない…けどやっぱり…。

式では殿下のお人柄からか、それこそ芸能人とかあらゆる分野の人が参列していて、決して湿っぽくならないようにスピーチでは明るい思い出話をしていた人が多かった。殿下って本当に愛されていらしたんだな…、私なんかにも凄く気を遣ってくださって、偉い人なのにとても身近で気さくな人だった…。昨日も希の誕生日のときのビデオドラマを見ていて、…余計に悲しくなっただけだったけど。

いよいよ希がスピーチをする。CMのように薔薇の花束を供えてマイクの前に立つ。

「殿下はいつも奇想天外なことをなさるので、私にはまだ実感が湧きませんが、公私にわたりご指導をいただいたことは、一生忘れません。…殿下との思い出はこの胸にたくさんつまっています。初めて展望台でお話をしたときのこと、一緒に買い物をしたこと、公務に同行させていただき仕事の厳しさを教えていただいたこと、夜中に一人で勉強されているお姿をこっそり拝見したこと、そして愛する素晴らしさを教わったこと」

愛する素晴らしさ…。希…。

「私は殿下とめぐり逢えたことを光栄に思います。そしてここで、皇太子という位を受け継ぎ伝えていくという私の使命を、全力で果たすことを誓います。今新しい旅立ちを迎えた殿下、そして舞さんに、この曲をお贈りいたします」

希が目で合図すると朝霧先輩も登場して、始まった曲は…「新たなる一歩」で連弾したあの曲!いつも前向きにと殿下がおっしゃっていたことは私も知ってる。大好きだった殿下のために、まるで自分を励ますかのように、力強く渾身の力を込めて演奏する。

…熱い。さっきまでの冷静なスピーチとは裏腹に、曲には希の激しい感情が表れていた。悲しみ、苦しみ、怒り、やりきれない思い…、しかしラストに近づくとともにそれは優しさ、感謝の気持ち、そして希望に満ちたメッセージへと変わっていった。殿下のご遺影を見上げて語りかけるようにそっと鍵盤から指を離すと、場内から拍手が湧き起こると同時に、左目から熱い涙が零れ落ちた。それをさっとぬぐって朝霧先輩と共に深々と一礼する…。私も涙が止まらなくなって…、せめて声はあげないようにグッと我慢するのが精一杯で、それ以上希の姿を見ることは出来なかった。

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