2/3 (金) 21:00 初心忘るべからず

無事に試験が終わった、と思いたい。でも出来るだけのことはしたと思う。ということで、午後からは、アルバムのジャケット撮影へ。

媒体への露出が多くなるにつれ、写真の撮られ方も、以前とは比べものにならないほど上手になってきたと思う。特に今回は、僕の初めてのアルバムのための撮影なのだ!こういう風に見せたい、という意見は大いに出させてもらった。でもモデルとなる僕は、あくまでもこの素材でしかないので、沢渡ほどはうまく魅せられないけれど、それもまた僕の魅力ということで。

その後は、リリース時に掲載される取材をいくつか受けてきて、日が暮れてから宮殿に帰ってきた。これからレッスン、やっとヴァイオリンが弾ける。

最近、ヴァイオリンを弾く時間が減っているのが問題だ。演奏家としては、もちろん、練習あるのみ!なのだけど、何かにつけ物理的に忙しくなっているので、今では移動中の車の中で練習したりもする。忙しくなったからといって、腕が落ちたなんてことだけは言われたくないので、必死だ。

「朝霧くん、音の伸びがイマイチなんだよね。表現力が小さくなってきているよ」

あ…。これでは沢渡と同じじゃないか。小さくまとまるのはよくない。いかに豊かな音を遠くへ、多くの人へ届けられるかにかかっている。もっと練習する時間が取れるといいのに、そう思うと、前から気になっていたことがあるので、この際、先生に相談してみようと思う。

「オーケストラへの参加回数を、減らすことは可能でしょうか?」

僕は楽士として宮殿に所属している以上、儀式や晩餐会などの行事で演奏することが義務づけられている。しかし、一定時間拘束されることは仕方がないにしても、最近気になっているのは、周囲からの視線だ。僕がコンクールで優勝して、ソロの活動を始めてからは、他の楽士からの態度が明らかに変わった…嫉妬しているのだ。それでなくても、沢渡同様、僕も例外的に若くして入宮したので、元々風当たりが強かったのだ。それが、なお一層強くなってきたとなると、物理的だけでなく、精神衛生上もよくない。それもまた、演奏に響くようになってきたのではないか。

「オーケストラに参加したくないなら、楽士をやめるしかないよね。私としては、朝霧くんが、まだ楽士としてオーケストラから学ぶことはあると思うけど?」

先生は随分はっきりとおっしゃった。

「例えば、どんな」

「忍耐力とか、プレッシャーに打ち勝つ力とか、主に精神面で」

うっ…。

「今、外の空気のほうがおいしいと感じるのは、楽士としての仕事があるからだよ。それがなかったら、リサイタルのときの音の伸びやかさとか、艶やかさは、あそこまで出ていないんじゃないかと思う。そしてぜひ、楽士としてもその素晴らしい演奏を聴かせてもらいたい」

お恥ずかしい限りで。楽士として素晴らしい演奏ができなければ、ソロとして素晴らしい演奏ができるはずがない。これでは本末転倒だ。僕は長い間、宮殿で育てていただいてきた。今は逆に、初心に返って、基本に忠実に音楽に向き合わなければならないのだ。浮ついていてはいけない。

「そうですよね。僕などまだまだ未熟なのに、先ほどの言葉は取り消させてください。申し訳ありませんでした」

僕は深々と一礼して、またヴァイオリンを構える。頑張らなければ。はき違えてはいけない。沢渡だって、忙しい中あれもこれも頑張っているのだ、僕もやるべきことをきちんとやらないと。

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