今日の朝はモーニングコールをしていないので、昨日の朝以来の希、いや顔を見れるのは二日振り。会場にいることは教えたから、探してくれるかな?ドキドキ。
まずは授賞式があってそれぞれ作品を朗読してから、いよいよ希が登場!大きな拍手の中を颯爽と歩いてくる様子は一段とカッコイイ…はずが、何かが違う。どこが…って、何となくだけど様子が変な気がする。
それでも挨拶のあとにこやかに席について司会を担当しているけど、話なんて全然耳に入らない。だって、だって…何か目が違う…、どういうこと?さりげなく会場の隅に目をやると、結城さんがじっと見守っている。ねえ、気づいてお願い、教えてよ、何かあったの?
「どうしたのよ」
若菜がこっそり耳打ちしてくる。
「なんか希の様子が違うの、心配になって」
「そう?別に何も思わないけど…」
いや違う、絶対変だよ!もう一度結城さんを見ると、今度は私のほうをじっと見てた、…私の気持ち分かってよ。見つめあうこと数秒、胸ポケットから希も使ってるモバイル機器を取り出して打ち始めた。もしかして!カバンから携帯を取り出して待っているとメールが届いた。
“沢渡は少し体調を崩しているんだ、一生懸命話しているんだから、聞いてあげて。それと途中の休憩になったら、左の出口から出て来てくれるかな?加藤を待たせておくから”
はっと振り返ると結城さんが小さく頷いた。そうか体調悪いんだ…、聞いてあげなきゃ。見てるの辛いけど、希はもっと辛いんだ…。休憩の時、会わせてくれるのかな…。
そそくさと席を立って、それでも目立たないように出口に向かうと、加藤さんが案内してくれた。でも部屋にいたのは結城さんだけ…。
「沢渡に会わせるわけにはいかない」
しかもはっきりと言われてしまった。
「どうしてですか?」
「今集中しているから、惑わせたくないんだ。…深雪ちゃんは沢渡側か早川側かどっちにつく?」
え?討論のこと…は、やっぱり少し上の空で・・・。
「分かった、もういい。無事に終わるまでは、このことを誰にも言わないでほしい。…だが明日から一週間オフにしたから、見舞いには来てやってくれるかな」
「はいもちろん…、分かりました、失礼します」
悔し涙が込み上げてくる。会わせてくれないくらい重症だってことでしょ、なのに私には何もしてあげることが出来ない、希が頑張ってるのに私の集中力は散漫だった…。こんなんじゃ合わせる顔がない、ううん、会ったところできっと何も出来なかっただろう…、結城さんの言う通りだ。TVで見てるほうがずっと楽だった…。
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「沢渡、俺は折れたりしないぞ。観客の反応も半々じゃないか」
「どうかな?これから最後の切り札を出すから覚悟してろよ」
休憩が終わりに近づきスタンバイ位置へ向かう途中、沢渡に声をかけた。いつもそう、なぜか沢渡とは意見が食い違う。まだ短い付き合いだけど、アイツが折れたり俺が折れたり、勝率は五分五分。でも今日は絶対負けない。
沢渡はもともと司会進行役だったはずなのに、いつの間にか他の参加者をうまく丸め込んで操っている。相変わらずやるよな、俺のライバルとしては申し分ない。ただ側近だか仕官だか知らないが、しっかりガードしていて部屋を覗きに行くことすらできなかった。俺は何もしない。一応友達同士になったんだから、もう少し理解を示してくれてもいいのに…。
「休戦協定破棄」
右手を差し出すと、
「決着がついてからにしよう」
と言って、スルーされてしまった。このヤロウ。負けてたまるかって。
会場には割れんばかりの拍手が鳴り響き、中には口笛も飛び交っている。人と話をすることは本当に楽しい。結局は僕たち二人の意見のいいところを結び付けて、第三の意見が生まれた。それも他の参加者の提案により、お互い目からうろこが落ちたような快感を味わった。引き分けだな、でも凄く充実感がある。この模様がTVで全国に中継されたということではなく、沢渡と知り合ってから次々と面白いことが起こるんだ。入宮するのが待ち遠しい…。
「お疲れさまでした…」
清々しい気分でスタッフや他の参加者と挨拶をしたが、もう少し沢渡と話をしたい気持ちもある。話し掛けようかと思ったその時、フラ~っと突然沢渡の身体が大きく揺れた。あ!と思ったがすかさず受け止め、あろうことか横抱きにして立ち上がった人がいる。
「早川くん、今日は面白かった。沢渡に代わってお礼を言うよ」
「あ、…こちらこそありがとうございました」
「それじゃお先に失礼するよ。お疲れ」
…結城さんだ!!わが国一の裏の権力者だという結城さんが、ぐったりとして、完全に意識を失った沢渡を、軽々と抱きかかえて歩いて行く。…本気で具合が悪かったのか?そんなの微塵も感じなかった。いつものごとくストレートな発言は健在で、キレ振りを見せつけられた。そんな倒れるほど最悪な体調だったなんて…。やっぱり敵わない、なんてヤツなんだ。それにしても大丈夫なのか…?