新生活を始めるにあたって、実家を離れ一人暮らしをすることにした。親父の力は借りない。俺一人の力で、成功したい。
しかしその引っ越しもまだ途中で、段ボール箱がゴロゴロと転がっている状況だ。それよりも、レッスン内容を反省したり、身体を鍛えたりすることを優先したい。
「食事には気をつけなさいよ」
母からメッセージが届く。でも、気をつけなさいと言われたところで、どう気をつけていいものか分からない。…とりあえず、食べればいいのだろう、とコンビニで買ってみたものの、あまりにもまずくて驚いた。それでとりあえず、レストランに行ってみたが、毎日同じところに行くわけにもいかず、かと言って自炊する暇はないし、どうしたものかと考えているところだ。
“料理って意外と簡単よ。教えに行ってあげようか?”
美智が、おかしそうに言う。
「でも今、他のことをする余裕がなくて。…食事がこんなにめんどくさいものだとは、知らなかったよ」
“もう、お坊ちゃんは困るわね”
…そう言われることは不本意だと思っていたが、実際問題として、一人では何もできない、ただのお坊ちゃんだった。この片付かない部屋には、日に日に、洗濯物やゴミが増えていく。しばらく家には戻らないから、なんて大口を叩いて出てきた手前、助けを借りることはできない。
「あの…、頼みがあるんだけど」
“何?”
「家事の仕方を、教えてくれない?」
頼れるのは、美智だけだ…。
“いいわよ。私はまだ春休みで、暇だし。…いつ行ったらいい?”
「できれば、明日にでも…」
“分かった。ご飯作りに行ってあげるね”
「ありがとう。…よろしくお願いします」
“いいのよ。この間まで受験だったのに、いきなりお仕事で大変だもんね。できるだけのことは応援するわ”
…ありがたい。美智がいてくれてよかった。でも、来てもらうにしても、この洗濯物は何とかしなくてはいけないな。足の踏み場がない。あー、役作りのことを考えたいのに、世の中は不条理なものだ。