昨日、あれから、あれこれとシミュレーションをして、実際、今日のレッスンで試してみた。そしたら、先生からは、見違えるようによくなったと言われ、また、他の参加者の演技も、素直に見ることができるようになった。
「この間は、声をかけてくれてありがとうございました」
今までは、なかなか思い通りにいかなくて、焦っていたのだと思う。だから、折角の行為も受け取れなかった。…やっぱり、先輩方のアドバイスは温かくいただくべきだと思う。
「今日の演技は凄くよかったね。何かきっかけはあった?」
この人なら、信頼してもいいと思う。変な色眼鏡を通すことなく、素直に評価してくれているから。ということで、俺のほうも素直に、昨日舞台を見に行ったことを話した。
「そうなんだ。僕も先週見に行ったよ。…確かに、君が目指す方向に近いから、いい参考になったんだろうね」
え?それって、先輩には、僕の方向性が見えていると?
「それほど驚くことじゃないよ。僕のほうが先輩だし」
彼は冗談ぽく笑ったけど、すぐに真顔になった。
「君の気持ちは分かるよ。僕だってそうだ。他人の演技は客観的に見れるのに、自分の演技となると、まだ確固たるものを作り出せていない。でも、役者はそのほうがいい面もあると思うよ。演出家からの要望に合わせて変幻自在に演じられてこそ、役者だからね」
…それは言えている。昨日見た俳優が凄いと思ったのは、役によって、見事に演じ分けることが出来るからだ。そこに、彼自身の個性は重要ではない。いかに要望に応えることが出来るか、そして、役に合わせられるかだ。
「だから、同じような役は避けること、そして、いろんなタイプの人と仕事をすることを心がけて。そのたびに、違った自分に気づかされる」
先輩…。今までのモヤモヤが、綺麗さっぱり消えた気がしますよ。そう考えると、嫌味な先輩のことも、参考に出来る。他人のことを悪く言ってばかりの人間はどこにでもいるし、もしかしたら、今後俺がそんな男を演じることになるかもしれない。だから、何事も勉強だ。盗めるところは全部盗んで、引き出しにしまっておこう。
「先輩。ありがとうございます。この世界でやっていけそうな気がしてきました」
「え?」
…あれ?先輩、微妙な反応。
「やっていけるかどうかも分からないのに、やってみようと思ったの?」
え…、いえ、それはその。
「君はまだ甘いよ。この業界は、自我のぶつかり合いだよ。気持ちで負けてはいけない。それに、僕に感謝するのだってまだ早い。君が成功して初めて、僕の意見が参考になったって言えるんじゃない?話は半分くらいに聞いておいてほうがいいよ」
「先輩…。随分、シビアなんですね」
「逆に、僕のほうが、君に恩を売っておこうと思って近づいたかもしれないよ。君には強いコネがあるんだし、すぐ有名になるだろう。それに乗じて、僕が…ってことがあるかもしれない、って考えたことなかった?」
そんな…。そこまでは考えていませんでした…。
「ま、冗談だけどね。この業界には、そういう人もいるから、気をつけてね」
そして先輩は、去って行った…。