今日はKZの新作コレクションに出演する。
KZのデザインには力がある。響殿下が着ることによって知名度が上がり、コレクションを開けるようになった。更に僕が着ることによって、近々外国にも店舗をオープンさせることになったそうだ。
「殿下、先日のドレスはいかがでした?」
メイクルームでKZがこっそり耳打ちをしに来た。もちろん気持ちに偽りはなく丁重にお礼を述べた。先月初めてフルオーダーでスーツを仕立ててもらったんだけど、外見だけでなく着心地のよさに改めて驚いたのだった。
「殿下は上背もありますし、スタイルがよろしいので見栄えがいいですよね。特にスーツは肩で着ると申します通り、殿下の広くて男らしい肩を際立たせるようことを心がけています。喜んでいただけて光栄ですよ、偉くおなりになってよかったですね~」
そうですね、最初にお会いしてから随分経ってますからね。
「すごくいいよ、まさに芸術だな」
椅子に腰掛けじっと部屋の隅から眺めていた結城が鏡越しに言った。この人がお出ましになるということは特別なこと。さすがに僕も今日ばかりは防弾ベストをつけていない、しかもステージ上で一人きりになるということで警備という大役がある、のは名目で本当は楽しんでいるんだろうけど。
「結城は、前からオーダースーツなんでしょ?」
いつもダークなスーツをソツなく着こなしていて、カッコイイの一言に尽きる。
「俺の場合は、身長がありすぎるからやむを得ずだよ。やっぱりお前にも薦めて大正解だったな」
あまりに親密な行為は慎んでほしいと苦情を伝えたところ、熱い抱擁はなくなった。僕の緊張をほぐすための最低限のハグだけ。いざ言ってしまったら若干寂しくなったけれど、この際人前ではしないということは定着させたい。
「入場者はすべてチェックいたしました。異常ありません」
加藤が入ってきて、素敵ですね… とためいきを漏らした。
「間もなく本番ですので、よろしくお願いいたします」
マスコミも半端じゃないほど来ているらしい。いや、それより先に深雪を見つけなきゃ、いざ出陣と参りましょうか。
僕が着るのは3着。まずはライトブルーのスーツ。ジャケットが床スレスレなマキシ丈なのに加え、ベストもそれに準じる長さである。白のブラウスシャツにブルーのリボン、センターステージまで行ってジャケットを脱いでターン。これは公式行事でこのまま着れるね。
確かに凄い量のフラッシュで、一瞬目の前が真っ白になる。ここで落ちたらカッコ悪いからあくまでも颯爽と、凛々しく。でもそればかりに気がいって、全然余裕なんてなかった。ダメだ。
続いては曲もラフな感じになってリラックスウェアー。髪はサイドを残して高いところにまとめられ、ゆったりとしたベージュのカットソーにモスグリーンの短パン、そしてサンダル!自室にいるときしかありえない、決して人に見せることのない出で立ちだ。だからサングラスをかけて、タブレット片手にすまし顔。
これならよく見える、深雪も発見!さりげなく視線を送ってからポーズ。ちょっとサングラスをずらしてカメラを覗き込む真似をしてみたり… 結構気持ちいいね、人に見られるのって。もう慣れてきたみたい。
そして最後、実はこれには少し抵抗があった。コレクションの最後を飾るのが、女性モデルとのウェディングスタイル。純白のタキシード(細かい刺繍が入っていい生地だ)に、おそろいの生地のウェディングドレス。実際の婚礼の儀は、王宮式の正装ということで実感はあまり湧かないけれど、相手役の外国人モデルは、もちろんスタイル抜群で背も高くて綺麗だから緊張する。
ステージ左右の脇にスタンバイすると、相手が会釈した、こちらも返す。そして合図でお互い中央へ歩み寄り、腕を組んでセンターステージへ歩を進める。
…隠し事をするとあとで厄介なことになるから、これだけは話しておいた。どんな気持ちで見ているのだろう?僕はまだ法律的に結婚できないからだろうか、現実味がない。特に仕事も絡んでくるし。どんな道であれ深雪が一人前に仕事をこなせるようになるまで僕は待つ、そのほうが彼女のためでもあると思うから。
向かい合って相手のベールを上げて、ライトの影ではっきり見えないことは計算の上(演劇部の経験がモノを言う)頬に触れないキスをした。そして短く微笑み合う。今の僕は僕じゃない、彼女に似合う新郎を演じることに専念した。一生に一度の大事なことは後の楽しみにとっておきたいからね。
ということで、僕のモデルデビューは自分でもいい出来だったとゴキゲンで控え室に戻ると、なんと陛下が花束を持っていらした。
「これを見逃すわけにはいかないじゃないか、カッコよかったよ」
それじゃ、とすぐにお帰りになったけど、ご多忙な陛下がいらしていたなんて全然気づかなかった。後で改めてお礼を申し上げておこう。…待てよ、ということは。
「私ね、秋に結婚することになったの。当然式には出席してもらうから、よろしくね」
あ、はい。…何今の?どういうこと?ついこの間あんなことがあったばかりなのに、…いや前から付き合っていたってことで、それは不思議ではないけど、完全に振り回されていることだけは確か。僕がフッたということで負い目を感じずにはいられなかったけど、もうその必要はないみたい。…どころか、心配して損した気分。転んでもただじゃ起きない有紗さん…。
「殿下、記者会見がございますのでお願いします」
加藤に声をかけられはっと我に返った。…ホッと安心して大きなためいきをついたらしく、どうかなさいました?と聞かれたけど、適当にごまかしておいた。
「お疲れ様」
再び控え室に戻ると、深雪が花束を持って待っていてくれた。
「ありがとう、どうだった?」
「本当のモデルみたいだった、カッコイイ~」
惚れ直した?と二人で微笑み合っていると、結城が直々に写真を撮ってくれるという。他にもいただいた花束を彼女に持たせて、腕を組んで…。
「どんなことをインタビューされたの?」
「ありきたりのことばっかりだよ」
聞きたい事はもちろん分かってるよ。
こんな日がいつか来たらいいな…漠然と思ってはいる。でも僕と結婚するってことは大変なことなんだよ。幸い渡している王宮の仕組みや政治経済のテキストはこなしてくれているけど、外国語や文化など、まだまだ必要な教養がたくさんある。でも僕も経験した辛さを味わわせたくない気もするから、無理強いさせることは出来ない。…ただ必ずその時は訪れるわけで。
「明日のワイドショー見るよ。見なくていいって言われても、絶対見るから」
「いいって」
「そんなに謙遜しなくても」
「でも見るなら、2チャンネルがいいよ。…続きは来週」
「え…?分かった、お仕事頑張ってね」
去って行く深雪を見送りながら、
「若いっていいな~」
「結城にもこんな時があったんだろ?今度聞かせてよ」
「バ~カ、早々気安く話せるかよ。じゃあな、俺も帰るから」
相変わらず自分のことはあまり話したがらない。よっぽどのことがあったのかな?昔もカッコよかったんだろうし。
まあそれは置いておいて、新たな経験が出来て楽しかった。