驚いたことに、加藤さんが自ら、事務所にまで足を運んで来てくれた。
「沢渡のことはいいんですか?」
「今日は一日宮殿にいらっしゃいますから」
そうなんだ・・・。メールのやり取りはしているけど、最近会ってないな・・・。今は芸能界という不慣れな世界に放り込まれたまま、それこそ自分の意志とは別に、「流されている」という表現しか出来ない状況だから。ただ目の前のことをこなしていくだけで精一杯なのだ。
「ところで本日参りましたのは、申し上げておかなければならないことがあったからです。兼古さん、あなたはもう社会人として仕事をなさっているのですから、殿下のことは呼び捨てではなく『殿下』とお呼びしてください」
あ・・・。不意打ちを食らって、思わず言葉がなくなった。
「もちろん、プライベートでは結構ですが、特に兼古さんは殿下と親しくしていらっしゃいますから、マスコミでなくても周囲の人から聞かれることがあるかと思います。誰が見聞きしているか分かりません、社会のルールとして徹底してくださいますよう、お願いいたします」
社会のルール・・・。言われてみれば確かにそうだけど、今更「殿下」だなんて、よそよそしいじゃないか。
「学生気分はお捨てください」
とどめだった・・・。あんなに親しくしてくださった加藤さんはすでにどこかに行ってしまって、見かけは同じだけどまるで別人のようにしか思えなかった。これが現実・・・。