4/21 (金) 17:00 油断ならない男、出現

そもそも、たかだか部活に入るのにオーディションがあるなんて珍しい話だけど、実はかなり歴史があるそうだ。とはいえ、少なくとも僕の代までは意欲調査くらいの意味しか持っていなかった。よっぽどのことがない限り、不合格なんてことはなかったと聞いている。

それが昨年からは異常なくらいの希望者が来るものだから、文字通りオーディションになってしまっている。ほとんどは興味本位だし、時間の無駄だと思わなくもないけれど、演劇部の本気度を知ってもらうためには、僕もしっかり参加する必要がある。

・・・本音を言えば胸中はかなり複雑である。というのは、僕が引退したら深雪の相手役を務める男を見つけなきゃいけないのだから。今のところ、二年には張り合えるほどの存在感ある男がいない。

場所が講堂なものだから、見物人も交えてそれは凄い人になってしまった。僕たち現部員は、舞台下に机をずら~っと並べて資料を広げながら、次々と舞台に上る一年生を審査していく。

具体的には自己紹介をしてもらったあと、毎年恒例となっているペアでの別れ話の寸劇。昨年は一年生同士でやってもらったあと、希望者に女の子が多かったから僕が残りの子の相手をしたのだけど、現部員とのバランスを見るため、それに一年同士では迫力がないということで、分担することにした。・・・僕や朝霧はさすがに参加しないけど。

でもいい素質を持つ子は、わりと多かったと思う。やはり昨年全国優勝したことがレベルを上げたのだろう、しっかりした子は実にしっかりしていて、これでは審査基準は見物人にも分かるというものだ。興味本位か本格派かのどちらかで中間はいないのだから。オーディションが進んでいくと、場違いだと感じた子が、自ら辞退する光景も見られた。

僕の左隣には部長である村野さん、その向こうには顧問の新井先生。右隣には朝霧、そして深雪。

いよいよ深雪が舞台に上がった。・・・変な汗をかきそうだ。朝霧がチラッと僕を見た。もちろん平然としているフリをして「舞台を見てろよ」と目で返しておいたけど。三人分も神経が持つかどうか・・・。

いつもは同じ舞台に立っているから、なかなか客観的に見ることが出来ないけど、改めて思ったのが、舞台に上ると顔つきが変わること、オーラが出ること・・・。

一人目はたいしたことなかった、深雪も本領発揮には程遠い演技だったから。ただしやる気と腕力はありそうだし、裏方からスタートしてもいいかもしれない。

二人目は発声が良かった。でも表現力はイマイチだったかな?流れはよかったけど、もう少し伝わってくるものがあってもよかった気がする。なんだか上手くまとまりすぎている感じ・・・、と言っても、入部の時から求めすぎてもいけない。これから指導していくことだから。

それはともかく、深雪の演技のうまさには感心する。ヘアメイクとして仕官入宮しないか、と言ったけど、女優のほうが、彼女にとっていいのではないかと思い始めた。でも女優として入宮する道はない。一緒にいたいけど、これは彼女の人生だから・・・、ちょっと考えなければならないな。

そして三人目。舞台上に現れた途端、僕の身体が一気に戦闘体制に入った。外見も申し分なし、何よりもただならぬ雰囲気が、僕の心に危機感を植え付ける。

「吉岡瑞貴です、よろしくお願いします」

仕事で数多くの人たちに会っていると、初対面の印象だけで相手を判断する術が必要となってくる。その人の気品、素質、統括力、野心のレベルに合わせてこちらも対応しないと、事がスムーズに運ばなかったり、無駄に気疲れしたりするからだ。・・・今目の前の彼に感じているそれは、普段学校にいるときには使わないレベル。いつもチラッと投げかけてきた視線は明らかに威嚇していたので、僕のほうも「お手並み拝見といこうか」と眼力を込めておいた。

舞台上で深雪と二言三言交わすと、二人は少し離れ、いよいよ寸劇のスタートとなった。

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吉岡:やっぱり僕たち距離を置いてみませんか、なんだかすれ違ってきているような気がするんです。

深雪:瑞貴は・・・ずっと無理してたの?

吉岡:無理しているのは、深雪さんのほうじゃありませんか?本当に大切な人は他にいるのに・・・、僕で気を紛らわせようとしてるだけなんですよ。

深雪:(ためらいがちに)そ、そ・・・んなことないよ。

吉岡:(深雪の腕をぐっとつかんで)僕の目を見て、そう言い切ることが出来ますか?

-しばし見つめ合う二人・・・が、深雪が目を反らす-

深雪:・・・ごめんなさい。

吉岡:やっと僕にも分かりました。

深雪:・・・ごめんなさい、あなたのこと傷つけるつもりじゃなかったの。

吉岡:・・・(激しい感情を抑えながら)早く・・・行ってください。

深雪:(行きかけてもう一度振り返り、離れて行く)

吉岡:(くるっと背を向け、拳を握り締めながら、去って行く)

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「はい、ありがとう」

村野さんの一言で弾かれたように書類に目を向け、「合格」の文字を○で囲む。・・・すると「ふ~ん」と朝霧が僕の顔を覗き込んできた。

「何だよ」

「席、替わってあげようか?」

「いいって」

みんなが見ているんだから、そんなことはしない。深雪も終わった直後にさっと涙を拭ったあとは、いつもの様子に戻って舞台を降り・・・席に着いた。

アイツ、予想以上にしたたかな男かもしれない。深雪を抱きしめたり、ビンタをしたり(もしくはされたり)というオーバーアクションはとらずに、激しい感情を上手く表現してきた。・・・しかしテレビドラマならともかく舞台だから、一番後ろの人にも分かるようなリアクションはある程度必要なのだけど。

今回は近くで見ていたから、演技力の確かさはよく分かった。最初から僕を敵に回さないようにし、加えてレベルの高さを見せ付ける。一年だからとナメてかかってはいけないな。

オーディション終了後、部のみんなで選考結果を話し合うべく、学食に移動した。五ヶ所あるクリウスの学食は、その呼び名よりはレストランやカフェと呼ぶほうがふさわしく、中には一般に開放しているところもある。

僕と村野さんはここに来るまでにあらかじめみんなの採点結果を照らし合わせ、ほぼ絞り込んでいた。あとはボーダーラインにいる人をどうするか、相手役を務めた部員の感想も聞きながら検討する。・・・と言っても、半分はただの夕食会なのだけど。

気心知れた部員たちはみんな本当に仲がよく、ここでは深雪も上手く溶け込んでいる。やはりオーディションを通っているだけあって、演劇にかける意気込みはそれぞれにある。だから才能ある深雪のことは誰もが認めていて、僕と仲よくしていても温かい目で見てくれる。

すでに女の子たちの間では、「吉岡くんカッコよかったね」と話が盛り上がっていた。そう、さっきから僕が聞きたかったことがある。

「吉岡とどんな打ち合わせしたんだよ」

深雪にそっと耳打ちすると、やっぱり聞かれたといった様子で、

「私にはちゃんと好きな人がいるのに、あまりに障害が多いので、たまたま吉岡くんに告白されたのをいいことに受け入れてしまった。でも付き合ううちに彼はそれに気づき耐えられなくなって、別れ話を切り出すという設定にするからって」

「あまりに障害が多いので」っていうのが気になるな・・・。でも結果的に僕のことが好きだって再認識する、・・・ありえない話でもないところが怖い。まるで見透かされたような気分だ。

「でもお前、何、名前を呼び捨てにしてたんだよ」

役とは言え、他の男の名前を呼び捨てにするなんて・・・。

「恋人なら当然かなって思って。それに年下じゃない?彼もいいって言ってくれたから」

おいおい、了解までとったのかよ。・・・これからはますます、しっかり部活に顔を出さねば。

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