結城と夕食の約束をしていたのだけど、仕事が押したということでキャンセルになったため、夜改めて部屋に向かうことにした。ちょっと相談・・・というか話しておきたいことがあって。
「夕食、悪かったな。もう少しだったから片付けてしまいたくて」
「別にいいけど・・・今から?」
リビングには軽めの料理が何品か、そしてワインのボトルが二つのグラスと共に置かれていた。
「お前も付き合えよ」
お酒に弱い僕は、晩餐会でも取り乱さず優雅に振る舞えるよう、少しずつ仕込んでもらっている。
「いただきます」
結城がコルクを抜きソムリエのごとく注いでくれて、まずは香りを楽しむ。
「××年の○○産だよ。リディア国王陛下からの頂き物だ」
来月来国されるから、まずはご挨拶に、と、自国のワインを送ってきてくださったそうだ。自国のワイン・・・という響きにはあまりいい思い出がないんだけど。
「それじゃあ、今日のこの時に、乾杯」
「乾杯」
口の中には程よい酸味が広がった。結構好きなほうかもしれない。とは言えちょっと真面目な話なので、控え目にして、一旦グラスを置いた。
「二、三日家に帰ることにしたから」
ん?と口に運んだあとのフォークを宙に漂わせたまま、小首をかしげる。
「学校で、進路調査書をもらってね。もちろん皇太子の仕事に従事するつもりだけど、ほんの少し進学したい気持ちもあって」
「どういうことだ?」
穏やかじゃないといった様子で、今度はフォークをお皿に置いた。
実はちょっと前から考えていたことなんだけど、今までの僕は幅広いジャンルの教育を受けてきたと言っても、やはり実践的なことが主体となっていた。目の前に並んでいる料理に例えると、メインディッシュばかりだった。でも食事には栄養バランスが重要であるように、脳も常にフル回転ではなく、ゆっくり回したり、時には反対に回したりすることが必要なのではないかと思い始めたのだ。
「きっかけは技術の時間だったんだ。木を切り金槌で釘を打って本箱を作ったり、ルームライトを作ったり、ゲームソフトを作ったりと、頭の中のイメージを具体的な物という形にすることが凄く楽しいんだよね」
特にルームライトはかなり独創的に仕上がって、結城にも自慢げに見せた記憶がある。・・・当然今も部屋で活躍中である。
「そしたら、どんどん大きなものを作りたくなってきたんだ。やっぱり血は争えないと言うのかな?建築に興味が湧いてきて」
「それで、お兄さんに話を聞いてくるってわけか」
「そういうこと」
僕の兄は建築家で、主に住居を、しかし最近では公共施設も手がけている。完成した建物はこっそり見に行っているのだが、一度じっくり話を聞いてみたいと思っていたのだ。
「少し調べてみたら、兄がついていた教授は、インターネットで講義を開いているんだよ。そしてメールで添削してもらうわけだから、好きな時間に学べるし」
「そういうことなら、全然問題ないな。趣味を持つことはいいことだ、やってみなさい」
結城は嬉しそうに再びフォークを手に取って、口に運んだ。よかった。・・・まあ、反対されることはないと思っていたけどね、その理由もないし。
「陛下には兄と話してから、正式に申し上げるよ」
「ああ。・・・お母さまとのとデートも忘れるなよ」
だから!デートって言わないでよね。絶対連れ出されるに決まっているけど。
「そう言えばこの間早川くんと会って来たんだけど、来月、一日体験入宮してもらうからそのつもりでいろよ」
そうか、来年には初めて、僕と同い年の政官仕官候補者が入宮するんだよね。・・・それは全然問題ないけど。
「そしてもう一つ。前にも言ったけど、6月の全国模試では、絶対負けるなよ。傾向をよく調べて対策は万全に」
「分かってる。僕のほうが、早川よりずっと負けず嫌いだと思うよ」
勝負もだけど、僕は満点を目指すから。