昼間、仕事の合間に兄の事務所に初めてお邪魔した。それどころか実際に仕事をしているところを見るのは初めてだった。時間が限られていたせいで簡単な挨拶のあと、今建築中であるお宅を見に連れて行ってくれた。
育った環境が違っているので、好みも違っていそうだが、兄のデザインはとても気に入っている。シンプルかつ機能的、そして芸術的な遊び心・・・気づくと僕の宮殿の部屋もそうなっているから、不思議なものだ。
夜。兄の部屋で、建築についての初歩的なことを、少しだけど教えてもらった。
「でも趣味で建築を学びたいっていう人は珍しいと思うよ、きっと」
「どうして?」
風呂上がりにビールは欠かせない!と兄がほろ酔い加減になってくると、建築について饒舌に語り始めた。仕事とプライベートの垣根などほとんどないほど、建築にとりつかれているのが、わが兄なのである。
「興味がある人は勉強する、そして資格をとって仕事にする。実はそこからがスタートなわけで、施工主っていうのは本当に突拍子もないことを言い出すんだよ。法律や強度、予算の面で不可能なことだってあるけど、出来る限り可能にしてお客さまに満足していただきたいと思っている。毎日生活する場所だよ。それに何十年もローンを組んで、普通一生に一度しかしない大きな買い物をするんだよ。お前にはピンと来ないかもしれないけどな、飽くなき探究って言うのかな?どう頑張っても極められないところに、面白さがあるんだよ」
・・・。僕は建築家になる気はさらさらないけど、それはどういう意味?僕には建築を学ぶ資格がないということ?それとも、初めからやらないほうがいいということ?
「違うって、そんな怖い顔するなよ。つまり兄貴として言わせてもらうと、間違いなくお前もハマるってことだ。でも身体は一つしかない・・・どうするつもりだ?」
あ。確かにそれは言えている。とことんまで極めなければ気が済まない性格。兄が仕事にしていてもそう感じるなら、僕は思うようにならないもどかしさで、逆にイライラしてしまうような気がする。・・・やっぱり相談してみてよかった。
「そういう考え方もあるんだね。さすがは兄貴だよ」
言うとにっこり笑って、もっと飲みなさ~い、と僕のグラスにもビールを注いだ。大人は何故そうやってお酒を注ぎたがる・・・?
「どう?もっと聞きたい?新しい仕事は凄いんだけど」
うう・・・、参ったな。もちろんもっと聞きたいけど、その前に自分としての整理が必要ではないかと思い始めた。自分で、このくらいという基準を決めることはできないだろうか?絶対趣味の範囲を越えないように・・・。でも僕は基本的に一つのことでは飽き足らない性格でもある。学校を卒業したら仕事のみ・・・のみと言ってもかなり変化に富んでいるけど。でも深雪に趣味を持ちなさいなんて言っておきながら、何もしないのもな・・・。ピアノは今では自己満足になっている、折角なら他の誰かと共有できるものがいいよね・・・。
「なあ希、何も今決めなくてもいいんじゃないか?まだ4月だろ?」
うん、それも言えてるけど・・・。
「何より、俺を中途半端に止めるなよ。見せたくてたまらないんだから」
結局そうなるんじゃないかと思ったよ。兄は嬉しそうに、新しいファイルを開いた。
でもやらずに後悔するのは一番嫌だ。それにきっと僕が勉強したら話がもっと弾むだろうし。・・・昔も今も、たった一人の兄と話す時間はとっても楽しいものだ。