5/4 (木) 1:00 進路調査書その3

昼間の観光はもちろんメインだけど、みんなにとっては夜のほうが楽しみだったりするようだ。友人たちは一斉に僕たちの部屋に押しかけてきて、たくさん話したり、ミニコンサートみたいになったり。・・・僕は常にヴァイオリンを持参しているし、部屋にピアノがあったからだ。

僕と沢渡は普段、すぐに部屋を行き来出来そうに見えて、意外とそうでもない。いつ行っても仕事をしているし、そんなに長居することはないのだ。でも今回は・・・僕がお風呂に入っている間には多少していたようだけど、休暇を満喫している様子。日付けが変わる頃にやっと本来の静けさを取り戻したので、ゆっくり相談にのってもらうことにした。

「進学するって本当なの?」

もう進路調査書を提出したと聞いて、それは当然だと思っていたのに、事情は違っていたようで。

「うん。・・・進学と言っても実際通うわけじゃないから、多分趣味の域からは出られないだろうけど、インターネット大学で建築を専攻するんだ。もう陛下も了承してくださったよ」

相変わらず一つのところにとどまっていなくて、チャレンジ精神旺盛だよな。

「で、朝霧は今どんな感じ?」

前にも話したことがあったけど、その頃よりも僕はどんどん独立の方向に心が動いている。そしていわゆる古典的な音楽だけにとどまるつもりはない。もちろん、クラシックはとても好きなのだけど、出来た曲を聴くと自然とポップな方向へと進んでいることに気づかされる。僕は僕の音楽を作っていきたいのだからジャンルの枠にとらわれる必要はないし、その辺りは全然問題はないんだけど、やっぱり一人になるのは不安なんだよね。時期は大事だってその時も言われたし。

「先生にも相談したの?」

「うん、もちろん賛成してくれたんだけど、出来るだけ早いほうがいいんじゃないか?って言われたんだ。意志が固まった時が一番いい時だって」

それは一理あるな・・・と沢渡は腕組みをした。

「でもこれは、リサイタルをやったりCDをリリースしたり、テレビに出て感じたことなんだけど、音楽って音を楽しむものじゃない?それにビジネスが絡んでくると、CDやチケットの売れ行きが大事なわけでしょ。自分が好きでやりたい音楽と世間のそれがあっていれば問題はないけど、僕は売れる音楽を作ろうとは思わないから。長い目で見た時、僕はやっていけるのかって不安になることがある。僕にはヴァイオリンしかないんだから」

それでこそアーティストだよ!沢渡は満足げに頷いてくれた。

「根本がしっかりしているなら大丈夫。流行には波があるし、世間に受け入れられる時と受け入れられない時があるかもしれない。でもこんなに多くの人がいるわけだから、きっと朝霧の音楽を好んでくれる人がいるはずだ。俺がいるから、誰もいなくなるなんてことは絶対ないよ」

沢渡・・・。

「俺は多分お前の一番のファンとして、もっと多くの人に朝霧の音楽を聴いてもらいたいと思っている。疲れた時には癒してくれるし、明るい気分の時にはますます羽目をはずしたくなる。こんな素敵な音楽を俺ばっかり独り占めしているなんてもったいないよな」

・・・嬉しい、何よりの後押しだよ。同じ言葉を他の誰かが言ってくれたとしても、ここまでは素直に聞き入れることは出来ないだろう。沢渡が言ってくれたから喜べるのだ。もちろん同い年にしてバリバリ仕事をこなしているし、地位もあるから説得力がある。でも最大の理由はそうではない。僕の大切な親友だから。言葉だけじゃなく、想いも伝わってくるから・・・彼はそういう話し方をする人なのだ。

「ありがとう、夏休みには宮殿を出ようと思う。差し当たって、夏休みにあるコンクール。けじめをつけるためにも絶対優勝するよ」

「応援している」

そう。僕の演奏能力がゆるぎないものだという自信ももう少しほしいから。

「じゃあ、朝霧の今後の活躍を祈願して、乾杯!」

「乾杯!」

思わずいつもの癖でグラスを置いた後拍手してしまって、自分で叩くなよ、と言われてしまったけど、

「ところで、確認しておきたいことがあるんだけど」

何ですか?いきなり。

「部活はちゃんと続けてくれるよな。文化祭まできっちり当てにしてるんだから」

何だそのことか。

「もちろんだよ。部活はもちろん、学校も来年の春まで行くから。沢渡がしっかり仕事してることに比べたら、僕なんてたいしたことないよ。演劇部の二連覇もかかってるし、芸術性を養うには演劇ってかなり効果あるよ」

沢渡は、本当に嬉しそうに微笑んでくれていた。しっかりと、修学旅行中は毎朝ヴァイオリンで起こしてね、何てリクエストも忘れなかったけど、このくらいなんでもないよ。寝起きが最悪の沢渡を見ると、こっちまで気分が悪くなってしまうんだから(苦笑)。

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