5/5 (金) 1:00 恋の行方

「なんかおかしいんだよな~」

沢渡は朝からずっと口にしていた。観光地を回りながらも、時計を気にしてはメールを書き、お昼に電話したのにまた夕方にかけていた。さすがの僕も呆れていたけど、外では聞くことが出来ず、ホテルに着いてから聞いてみた。

「絶対何かあったに違いない、アイツ・・・」

その問いには答えず、更にまた電話をしに、隣の部屋に消えて行った。しかも今度はなかなか帰ってこないね。詳しく聞かなくても事情は想像がつく。遠足で深雪ちゃんと吉岡くんとの間に何かあったのではないか?と、心配しているのだろう。でもそのイライラを僕にぶつけるのは、やめてくれないかな?僕だってかなり辛いんだけど・・・。

しょうがないから・・・と言うのも変だけど、僕は僕で日課であるヴァイオリンの練習を始めることにした。やっぱり毎日触れていないと調子が悪くなる。沢渡も結構ピアノと向き合っているみたい・・・でもどうしてこうも毎晩、ホテルの部屋にピアノが置いてあるのか不思議だな、ホテル側の気遣いなんだろうけど。

もう生活の一部になっていて、今更ヴァイオリンのない生活なんて考えられない。毎日出る音が違う。音によって逆に気づかされることがある。

あ・・・。僕は思わず手を止めた。不意に胸が熱くなって、耐えられなくなったからだ。

「どうしたんだ?」

いつもの顔に戻った沢渡がドアを閉めて歩み寄り、ソファーに腰を下ろした。

「そっちこそどうしたんだよ」

「とりあえず何とかおさまった」

それはその様子から、聞かなくても分かっていたよ。

「どこがいつもと違っていたの?まさか深雪ちゃんからは何も言わないよね」

何でそんなこと聞くの?と不思議そうにしていたけど、聞いてみたかったのだ。僕もヴァイオリンをケースに戻して、ソファーの向かい側に腰を下ろした。

「え?何となくだよ。声のトーンかな?でも当日は気づかなかった。念押ししてみたのに、一晩経ってからだなんて俺も不覚・・・」

深雪ちゃんは遠足の帰りに吉岡くんと話をしたそうだ。さすがに話くらいは目をつぶるそうだけど、深雪ちゃんの心が不安定になっているのが気になっているらしい。

「前よりももっと一緒にいたがるんだ。俺だってそうしたいけど、仕事は仕事だから、これ以上は無理だよ。俺じゃダメなのかって思えてくる」

沢渡も弱気になることがあるんだ・・・。

「でもアイツならいつも一緒にいてあげることも出来るだろう。・・・なんだか深雪が乾いているような気がするんだ。我慢ばっかりさせてしまって、だんだんかわいそうになってきた。本来の彼女はもっと活き活きと輝いていたはずなのに・・・、俺に出来ないのなら、他の誰かでもいい、それが彼女のためになるのなら仕方ないとも思ったりする」

イライラしていたのは、吉岡くんや深雪ちゃんにではなく、自分自身にだったんだね。ちょっと前の話になるけど、新入生歓迎会の前に寂しそうな顔をしていた深雪ちゃんには、本気で心配してしまった。この二人は世界最強のカップルだと思っていたのに、あんな顔をするなんて・・・。この間も沢渡は会議の合間に、深雪ちゃんに会いに行ったと聞いた。実は焦っているんじゃないかな?誰かにとられてもいいだなんて、そこまで思い詰めているとは知らなかった。

「そんなこと言わないでよ。沢渡自身はどうなんだよ。深雪ちゃんと付き合い出してから、いい方へいい方へ進んでいるじゃないか。一緒にいなきゃダメだよ」

うん・・・。沢渡は物思いに耽るように、右手で前髪をかきあげた。目を伏せたり、拳で顎の辺りを叩いてみたり、足を組み替えたりして、かなり自分に入り込んでいる様子。・・・深雪ちゃんのことを本当に愛しているんだね。

それに対し、僕はそこまで彼女を愛してはいないなあ・・・、今日一日の沢渡を見ていて感じていたことだ。外国にいるから時々しか会えない、メールのやり取りはしているけど、電話で話すことも稀だ。彼女について知らないことがたくさんあるから、そんな些細な変化には気づきもしないだろう。あまりに感じなさ過ぎる。本当に好きなのだろうかとも思えてくるくらいだ。

「もう終わりにしようかな・・・」

僕のつぶやきに、はぁ!と沢渡の体温が上がった。

「何を言い出すんだよ、急に」

「沢渡を見ていたら、そう思った」

さっきのヴァイオリン・・・、彼は僕の顔をじっと覗き込んだ。

「本当の恋じゃなかったんだよ、きっと。僕は自分のことでさえも分からないのに、彼女のことまで考えてあげられない」

「だから、年上がいいんじゃないのか?」

そうなのかな?

「だってお前は、面倒を見てもらうタイプだろ?俺はお前を見ていると、ほっておけなくなるからな」

それは言えている。僕はいつも沢渡を頼りにしている。でも彼女のことを頼りにしているかな?僕は男だから、もっと面倒を見てあげなければと思っている・・・ちょっと向いていないとは感じているけど。でも、昨日進路について相談した時もそうだったけど、実際に話さなければ伝わらないこともあるわけで、そういう時にまず浮かぶのは沢渡だよな・・・やっぱり。彼女は僕のことをどう思っているのだろう?・・・でもとてもじゃないけど、愛されている自信がないな。最後に会ったのはいつだ?すぐには思い出せないくらいだから。

「今夜は長くなりそうだな」

沢渡が、冷蔵庫からお茶をとってきて注いでくれる。・・・うん、分からないことばかりなんだけど、どうしたらいい?

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