5/14 (日) 14:00 手紙

親愛なるお父さん、お母さんへ

仕事のために直接伝えられないことを、許してください。でも僕は逆に手紙のほうが心の内を伝えることが出来るのではないかと思い、こうして書いてみることにします。

僕は入宮してからずっと、家族について考えてきました。多分これはきっと僕だけではなく、お父さん、お母さん、そして兄貴もそうだと思いますが。

まだ幼かった僕は、ずっと孤独と闘っていました。それまでは当たり前のように帰る場所があって、食事の時にはみんなが揃って、その日あったことをいろいろ話していましたね。でもたった一人、外界と隔絶されたガラスの要塞に閉じ込められて、泣いても叫んでも誰も助けてくれない・・・そんな絶望感を味わっていました。

教育を受けることは楽しかったです、その成果を発揮すれば誉めてもらえたから。でもどんどん、得体の知れない黒雲のような恐怖感に苛まれて、夜もろくに眠れなくなっていきました。何故僕はここにいるんだろう?何のために教育を受けるのだろう?僕にもささやかだけど夢があったのに・・・。決して僕は自分の意志で入宮したわけではないのに・・・。

ただただ家に帰りたかった。何度も脱走を試みたし、わざと教育係を困らせたりもしました。・・・今まで言ったことがありませんでしたが、半狂乱になって半分薬漬けにされていたこともありました。そしてその時初めて挫折を味わったのです。今までは何でも努力すれば手に入れられたのに、何をしても家に帰ることは出来ない。・・・本当に欲しいものは手に入れられない。・・・僕はこの世界で生きていくしかないのだ、と。

これはあとで聞いた話なのですが、結城はすぐに教育を中止して家に帰すようにと陛下に詰め寄ってくれたそうです。でも王宮側としては、不祥事を世間に知られたくないという一心で、僕の一生の責任を持つなどという綺麗ごとを並べたてました。そんな対応に呆れた彼が、僕を引き取ってくれたとのことです。

僕の生活は、だんだんと彩りを取り戻していきました。同じ頃に出会った響殿下にとても親切にしていただいて、ある日家のことを少しも考えていない自分に気づきました。思い出すから辛くなる、その根源を絶ってしまえば無理に追い求めて傷ついたりすることはない。今が楽しいのだからそれでいい、そう思うようになりました。・・・家にもだんだん帰らなくなりましたね。

結城や響殿下のご尽力については今更語る必要もないでしょう。

でもそんな僕がまた迷いに襲われるようになったのは、朝霧が入宮してきたことがきっかけでした。彼が時折話す家族のこと・・・煩わしいなんて言いながらも、本心ではない。好きとか嫌い、信頼しているどうこうではなく、家族だから、それだけでそんな軽口が叩けるのだと、大きなショックを受けました。

それまで避けていた家族をテーマにした本も、徐々に読むようになりました。その頃には少しずつ仕事に関わらせてもらえるようになり、やりがいや生きがいを感じるようになっていました。

そもそもこうして生きているのはやはり、僕を産んでくれた両親がいるからにほかありません。そうは気づいていましたが、それまで散々傷ついたことで恨んだりもしていました。本を読むことで出来上がっていった理想の家族像を、現実に当てはめるのは難しい・・・でもそんな甘い夢も見てみたい。

もう子どもではないのだから、変に傷ついたりはしないだろう。・・・傷つくことには慣れている、いざという時は宮殿に戻ればいい。そんなわけで高校は自宅から通いたいと申し出てみました。

家に帰った僕を、みんなは温かく迎えてくれましたね。追い求めていた理想の家族像に近いものがありました。・・・最初はそう感じました。お母さんが話してくれる近所の人のエピソードはとても新鮮でしたし、兄貴が話してくれる建築の話には興味が湧きました。何より、お父さんとお母さんが非常に仲がよいことに驚かされたりしました。

でも僕は、たわいのない言葉しか口にすることが出来ませんでした。王宮のことは守秘義務のため話すことが出来ませんでしたし、学校生活にも戸惑うことばかり。結局相談するのはやはり、結城か加藤・・・。自分でどこまでを話そうか決めかねている部分があって、会話に参加していても本心は何一つ語っていない・・・気づいていましたよね?そんなことがだんだんストレスになっていきました。

僕の人生の半分以上も開いてしまった空白を、埋めることなんてやっぱり無理なんですよ。僕は家にいる時、愛情を受けることが当たり前だと思っていました。でも間違っても何かしてあげよう、そんな思いが少しも湧いてこないことに気づいて、またショックを受けました。僕には形だけ取り繕うことは簡単です。そのほうが傷つかないと何度も思い知らされてきたからです。でもそうではありませんよね。

僕は今の素直な思いを伝えたいと思います。

僕は主観的に物事を捉えて生きてきました。そのくらいの気持ちでいないと、王宮社会という生存競争では負けてしまいます。でも僕は深雪と出逢って初めて、愛を与えたい、相手に対して自分から何かをしてあげたいという感情を覚えました。今まではただ被害妄想の塊で、僕だけが傷ついたような気でいましたが、みんなも傷ついてきたのでしょうね。そんなこと考えてもみませんでした。

僕は産んでくれたこと、そして入宮させてくれたことに、今では非常に感謝しています。ただ上手な伝え方を知らないのです。空白の時間があるとは言え、僕たちは紛れもないたった一つの家族です。外見にしろ性格にしろ、どこかしら似ているところを見つけては、ほくそ笑まずにはいられません。

みんなは迎える体制でいてくれているのに、僕のほうが心を開いていないだけなんですよね、それは分かっています。でもどうしてもどことなく気恥ずかしいところがあって、ついつい居心地のよい宮殿に逃げてしまいがちです。仕事が忙しくて、なかなか自分までも顧みることが出来ないのが現状でもあります。

でも今は自分の人生の半分以上もある空白ですが、これから生きていけばその割合もだんだん小さくなっていくはずです。僕はこれ以上無理に取り繕ったりはしません。不器用ですが、僕なりに家族のみんなを愛していきます。親不孝な息子でごめんなさい。正直なところどうしていいのか分からない、これが僕の気持ちです。

追伸

みんなを迎賓館に招待したいと思います。以下のうち都合がよい日を知らせてください。・・・・・・

こんな僕ですが、これからもよろしくお願いします。  沢渡希

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