もちろんそんな僕の様子を知っているのはごく一部の身内だけなので、晩餐会は一通り終わり、隣の部屋で行われる歓談パーティーになると、一段と盛り上がりを見せ始めた。
有紗さんはピンクの光沢があるドレスを着ていて、それはそれで似合っていたし、見栄えのよいヘンケル殿下との仲むつまじい様子は、幸せの絶頂といったところだ、傍目から見ると。・・・この数日本当に神経がブチ切れそうだけど、実際に話したのは結城と朝霧にだけ。こんな状況で深雪に電話すると返って問題を引き起こしそうなので、それは控えている。・・・試験を受けに行くことが出来ればどんなに幸せだっただろうか。
主役である二人が大勢に囲まれているのをいいことに、僕は知らんぷりを決め込むべく、離れたテーブルにいた。
「今日は眼鏡をかけていらっしゃるんですね」
もちろん何度となく言われた言葉。一枚レンズを隔てているだけで、他人とは別の世界にいることが出来る。そして相手からも僕の表情を更に読み取れなくする、そんな便利なものであると、改めて気づかされた。僕のところにやってくる人はみな眼鏡のことについての話題に終始してくれた。次からは今日のようにはいかないかもしれないけれど、この武器の存在を認めたことで随分と楽になったような気がする。
でも関わらないようにすることは不可能なわけで・・・、二人が僕のほうに向かってきた。
「おめでとうございます」
社交辞令として有紗さんの左手の甲にキスをすると、早速突っ込んでくる人がいる。
「普段は眼鏡はかけないと有紗から聞きましたが、今日は特別ですか?」
「デザイナーと共に新たなファッションの方向性を模索中なんです。いかがでしょうか?」
「あなたの美貌がますます際立ちますね。他の追随を許さない、ともすれば誰にも干渉されたくない、孤高の貴公子でいたいと願っているかのようですよ」
この発言にはいささか周囲がざわついた。僕に対しての評価は、一見クールに見えてなじみやすいというものが主流だからだ。本当にイチイチ気に障ることを言ってくるな、この男は!
「ですが私は、もののあり方は柔軟であるべきだと考えます。特に世の中で一番興味深いのは人間だと思うんですね。知識を詰め込むのは簡単です、しかし要はいかに自分のものに出来るかなんですよ。それぞれの場所、場合に応じ機転を利かせて自分を演出すること、そしてその種類が多い人ほど魅力的に感じられるのではないでしょうか?私は一つのところに落ち着いていたくはありませんので」
辺りには、ほぉ、とためいきが漏れた。
「では、殿下は結婚なさるおつもりはないということですか?」
今度は有紗さんですか。
「いえ、いずれはしたいと思っています。いい仕事をするためにはいい家庭からと申しますよね。愛のある温かい場所に憧れますよ、これからお二人が築いていかれるのかと思うと、少々うらやましいですね」
二人は一瞬チラッとお互いを見た。・・・でもそれは微妙に絡み合わなかった。
「いつまでもお幸せに」
僕が締めて、辺りには拍手が湧き起こった。よし!だって出席者は当然わが国の人がほとんどなので、怖いものなどありませんよ。敵地で孤立無縁な人と違ってね。