生徒玄関手前の廊下の曲がり角で・・・。
会いたくない・・・と思っている人に限って会ってしまったりするわけで、朝なら「おはよう」と言って済ませられたのだろうが、「さようなら」と言うのは改まりすぎているし、「バイバイ」と言うほど親しくもない。生徒会の終わりなら「お疲れさま」と言うことも出来ただろうに、どう言っていいか分からなくて、とりあえず少しだけ頭を下げて歩幅を広げた。だってどう考えたって彼女も玄関に向かうわけで、並んで歩かれても困るし。
なのに・・・、何とか外に出てバス停で待っていると、彼女が追いついてきて隣に並んだ。
「ねえ、逃げなくてもいいじゃない。行き先は同じなのに・・・」
え?今から予備校に行くところだけど・・・同じところだったのか?
「あ~その顔は知らなかったんでしょ。そうよね、早川くんはいつも前のほうに座っているから、当然か~」
何?クラスまで一緒だったのか?言われてみるとランキング表で名前を見たことがあるかもしれない、でもその程度だった。
「話くらいいいでしょ、何とか言ってよ」
そうか、まだ言葉は発していなかったっけ。
「うん、別にいいけど」
「そう、ならよかった」
その後もバスに先に乗せたり、席が一つ空いたので座るように勧めたりすると、「ありがとう」と軽く微笑んでくれるのを見て、折角封印した感情が次々と湧き上がってくるのを感じた。僕がしてあげることで彼女がとても喜んでくれる・・・それは僕にとっての喜びにもなった。気分がいい。それになんてかわいく笑うんだろう・・・。
取手さんにはいつもきちっとしていて真面目な印象を持っていたから、生徒会以外では話したこともなかった。新たな発見だ・・・。
「じゃあ、私、友達と待ち合わせしているから、行くね」
予備校に最寄りのバス停に着くと、降りてそのまま行ってしまった。あ・・・。ちょっと軽く食べて一緒に講義を受けるはずでは・・・そんな淡い計画はもろくも崩れ去った。
そうだよな~、そこまではマズイか。僕にも友人はいるわけで、いきなり女の子を連れて行ったところで、どんな顔をしていいのか分からない。一応硬派なイメージがあるんだから、それも崩したくないし。
・・・ダメだ。何を考えているんだ。だって模試まであと二日。そんな余裕はない。
大体、少し話をしたくらいで何をそんなに浮かれているんだ?別に彼女なんか作らなくても、今が結構楽しいんだからいいじゃないか。沢渡は平然とした顔で言うんだ。「深雪といる時が一番幸せだ」って。それがアイツの弱点でもあるんだ。天下無敵の皇太子殿下が唯一俗人に成り下がる瞬間・・・だったら僕は尚更彼女は作らない。
昨夜アイツにメールを書いたら、日曜日、模試が終わったら昼食を一緒にとろうと、提案してきた。その時までにこの間渡された教材の成果だって見せてやるんだ。あいさつくらいはできるようになったんだから。
さあ、集中、集中・・・。