「学校までお迎えに上がります」なんて言われたけどそれはさすがに断って、途中で拾ってもらうことにした。ウチみたいな庶民の集まりである学校に、黒塗りの大きな車で乗り付けられても・・・、恥ずかしくて乗れない。みんなが引くのが目に見えるし。
それに沢渡の昼食・・・レベルの場所はどこなんだ?と少し緊張してしまう。制服のままでいいと言われたのも、それはそれで気になる。まさか彼が日曜日の昼間に人目につくような場所に出るとは思えない。かと言って、改まった場所に制服で行くのは格好悪い。
でもそれは余計な心配だったようだ。彼と合流して早速あれこれ話していたら夢中になって、気づいた時にはごく自然に舌鼓を打たせてくれていた。おいしい・・・。外の喧騒とは別世界の静かさで、僕たちだけの空間。気配りという点ではいつもぬかりがない。だからそろそろ完全に彼に委ねることを覚えてもいいのかもしれないけど、僕のほうからは何もしてあげることが出来ないので、遠慮の心だけは忘れてはいけないと思う。
模試の出来はお互い自信たっぷりで、一歩も譲らない。僕としても今までで一番出来たんじゃないかと思っているから、答え合わせなんて野暮なことをしたりはしない。
「僕はまだ諦めていないんだよ、イストとクリウスの交流行事」
そういえばそんなことを言っていたな。最初は端から無理だと決め付けていた。でもこうして現に沢渡と僕が親しくなったりもするのだから、あり得ないことではないのかもしれない、けど。
「別に個人で楽しめばいいことで、他の生徒が望んでいるとは限らないじゃないか。何もそんなにこだわらなくても」
「こだわっているのはどっちだよ。折角同じ首都内にあるのに、部活の交流試合もないっていうのはおかしいじゃないか」
「そんなこと言ったって、クリウスの生徒はウチの学校に入りたがらないじゃないか」
噂では何度も聞いたことがある。まるで要塞のようで、生きた心地がしないって。かと言って、ウチの生徒はクリウスには気が引けて入れないのだし。
「それはイストの生徒が一様に頑なだからだよ。固定観念にとらわれて、外部を寄せ付けないみたいな。君を筆頭に」
「人のこと言えた柄か?」
「仕事以外ではかなりオープンだと思うけど?」
ある意味オープン過ぎるところもあるな、コイツには。負けた。
「僕としては、やたら機嫌がいい訳を知りたい」
はぁ?驚くのと同時に体がかぁーっと熱くなるのを感じる。
「相変わらず、純粋だね~、早川は」
今のはともかく、僕はずっと普通にしていたつもりだ。どうして分かったんだ?
「なあ早川」
沢渡は改まった口調になって、僕のことを真っ直ぐ見た。別に探るようにではない、言い聞かせるようでもない。ちょっと考えた風に・・・でもそれも一瞬目を左上にやっただけで、僕の目に戻ってきた。
「僕は普段はこんなんじゃないはずなんだよ。・・・なのに君と話していると、売り言葉に買い言葉みたく、ポンポン余計なことを口に出してしまう。君はいつもそうやってケンカ腰なのか?」
え?また今度は何を言い出すかと思っていたら・・・、そんな真面目腐って言うなよ。でも、僕としても言うべきか、言わざるべきか。・・・沢渡が言ったのなら、僕のほうだって言ってみようか。
「それはこっちのセリフだよ。僕だって君が相手だとどうも調子が狂うんだ。急に訳の分からないことを言い出すし、・・・対等に話しているようで、君には僕のことが読めて、僕は君のことが読めない。凄く頭にくるんだけど、嫌いにはなれないから、それはそれでまた頭に来る」
突発的に彼が笑い出した。
「ケンカ友達と呼ぶほうがふさわしいのかもな」
そんな・・・目を潤ませなくても・・・。
「で、何かいいことあった?」
今度はまたもとの顔に戻って聞く。何なんだこのめくるめく表情の変化は。反応速度も並じゃない。
しかしそれにしても・・・また読まれているのだろうか。・・・その可能性はかなり高そう。かと言って何故こんなことを打ち明けなくてはならないのだろうか?最大のライバルに。
「いいじゃないか。個人的なことなんだから」
ちょっとむくれて言うと、そうか、と少し残念そうな顔をした。
「確かに、根掘り葉掘り聞くのも失礼だからな、話したくないなら別に構わない・・・悪かった。でも彼女の気持ちに素直に応えてやれよ。応援してるから」
え?・・・彼女の気持ちに応える?・・・僕の想いが届くように、じゃなくて?
「ちょっと待った。どこまで知ってる?」
「あの日のバスに僕の知り合いが乗り合わせていたんだ。信じないかもしれないけど」
え~、そんな偶然・・・。
「僕のことを偵察しているのか?」
違うよ、本当にたまたまなんだ・・・と言っていたけど、怪しい。浮かれていたせいで他にどんな人が乗っていたのかまるで覚えていないから、何とも言えないけど。・・・でもそれよりも。
「彼女も僕に気があるということ?」
「そうみたいだよ。・・・と僕が言うのも変な話じゃないか。直接接しているのは君だろ?」
「でもこの間、男と一緒に歩いていたんだ。気になるよ」
う~ん、と一瞬間を置かれて、はたと気がついた。いつの間にか話してしまっているよ・・・どうしよう。
「さすがにそこまでは分からないけど、早川の気持ちはよく分かる。僕も深雪と付き合い出した頃は、大変だったから」
「沢渡が?」
そうだよ、と、自分の体験を話してくれながら、しっかり相談にのってもらってしまった。
・・・なんだか僕たちの距離が随分近づいたような気がする。以前から多少なりとも感じていたことではあったけど、相談にのってくれるのがとてもうまい。聞き上手なのかな?気づいたら僕はいろんなことを話しているし、彼は的確なアドバイスや意見をくれる。そして僕は前に進もうという気になる。こんなことならもっと早くから心を開いていればよかった。
「だから思い切って告白してみなよ」
それに対して、僕は本当に心から言うことが出来たと思う。「ありがとう」と。