沢渡は、ファッション誌に載っているようなテクニックでスーツを着こなして、颯爽と登場した。・・・俺が言うのも何だけど、これがセレブなのか、といった感じ。
「今日の僕はただの立会人ですので、お気になさらないでください」
例のごとく沢渡はさらっと言い流したが、これも俺のためなのだと思うと嬉しい。
作戦としてはまず、舞台作品を見てもらうことだと思った。沢渡が財務長官に就任したとき、演劇部の話はワイドショーでもよくネタにされていたので、見たことがあるかと思いきや、部分的に見たことはあっても通して見たことはないというので、全国大会の映像を見せた。・・・でも明らかに、沢渡の演技に感動している気がするなあ。
「沢渡長官の演技は聞きしに勝るものがあり、大変感動しました」
それに対しては沢渡も、ありがとうございます、と礼を言っていたが、俺としてはこの勢いを次につなげなくてはいけない。そこで、これまで街で何度もスカウトされていたこと、夏頃に一大決心をしてオーディションを受けてみることにしたこと、そして最終選考の結果が土曜日に出ることを話した。
「オーディションのときに、私のことは聞かれたのか?」
「もちろん聞かれました。本名で出ていますし、何より顔が似ていますから。でもその話はすぐ終わって、沢渡とのことを聞かれました。全国大会の映像は結構出回っていますから、そのときに俺のことも見てくれたらしいです。・・・でもそれは一つのきっかけに過ぎません。俺は人生で初めて、他人から言われてではなく、自分でやりたいことを見つけたんです。・・・やらせてください、このチャンスに賭けてみたいんです」
立ち上がって礼をする。・・・あれこれ作戦は考えていたが、素直に気持ちを伝えるのが一番だと思った。
「三年やろう。昔から、人生を賭けた挑戦をするには三年がいいと言われている。それでうまくいけばそれでいいし、うまくいかなければ見切りをつけて他の就職口を探しなさい」
そのために大学には必ず入学すること、そうすればもし役者になれなくても、路線を修正することは簡単だろう、と沢渡が言ったのと似たようなことを言われた。・・・ただ、外部の大学に合格するだけの努力をすることができるなら、役者としてもやっているかもしれない、と嫌味を言うことを忘れなかった。
「それから、俺は政治家には向いていないと思います。親父、そして沢渡を見ていてよく分かりました。政治は沢渡に任せ、俺は他の分野で人々の心に訴えかけたいと思います」
親父は、そうか、と言っただけで、続く言葉はなかなか出てこなかった。実は親父も、当初は政治家にはなりたくなかったと聞いている。しかしそれが天職だと途中で気づいたので、親の意見に従ってよかったと思っているらしい・・・これは何故か沢渡から聞いた。・・・まさか、事前に二人で打ち合わせをしていたわけ・・・じゃないよな。
「分かった。とりあえず頑張ってみなさい。学部は経済にしなさい」
法学部は回避できたようだ。・・・でもそれにしても、俺には大変なハードルだ。