でも、仕事のときは私情を挟まない。まず僕は、政治家としての務めを果たさなければならない。そして世間で認められるようになって初めて、彼女に会いに行く資格が得られると思っている。
今日も執務室で仕事を片付けていると、また厄介な問題が沸いてきた。
「失礼いたします。陛下が報告書をお待ちです。いついただけますでしょうか」
・・・有紗さん。そんなことはメールで言えば済むことだ。しかも、たまたま僕しかいないときに来るなんて・・・、いや絶対、計画的だったに違いない。
「今、私が最終確認をしているところです。あと数分で終わりますが、いかがなさいますか?」
よろしければ、とソファーを手で示す。間もなく松本さんも戻ってくるだろう、それに、僕としては、まだ有紗さんがここに来た意図を測りかねているので、様子見も兼ねて。
「では、待たせていただきます」
有紗さんはソファーに腰を下ろし、僕に視線をくれた。・・・でも僕は資料から目を離さない。もう少しだから、読んでしまいたい。でも有紗さんも気になる。・・・でも、チラッとも見るんじゃないぞ。
結局、僕が読み終わりサインをするまで誰も帰ってくることなく、また、有紗さんの方も口を開かずにいた。
「お待たせしました。よろしくお願いします」
「はい、確かに受け取りました。失礼いたします」
これには僕のほうが、え?だ。そのまま出て行ってしまうのか?わざわざ僕の執務室に、データを受け取るためだけに来ただなんて、あり得ない。
「お疲れさまです」
それだけを言うのが精一杯で、僕は再び椅子に身を沈めた。絶対、誕生日前だから何かを言いに来たのだと思った。でもそれは僕の考え過ぎだったか・・・。
そしてしばらくすると、執務室には秘書や政官、仕官のみなさんが入り乱れ始めた。あの空白の瞬間は何だったんだ?