2/24 (金) 16:00 療養生活3日目

朝目覚めると、母祥子の顔があった。

「おはよう希。…久し振りに寝起きの不機嫌そうな顔を見たわ」

嬉しそうに微笑んでいる。

「見せ物じゃないんだよ、…テテ、寝てばっかりだからか腰が痛い」

「そう、…ドクターを呼んで来るわ。それまでに熱を測っておいて」

ご丁寧に体温計をくわえさせてから、部屋を出て行った。

でも昨日よりは楽になった気がする。熱も微熱程度に下がったし、時々は起き上がってもいいということで、顔を洗いに行き朝食を摂ることにする。

「でもこの家は画期的ね。今までは、希が病気になっても看病もさせてくれなかったじゃない?ここならいつでも来れるし、いっそのこと家族で引越ししてきたい気分よ、希もそのほうが都合がいいんじゃないの?」

「でもここには住まないよ。あくまでも、部屋と行き来するための玄関のようなものだと考えているから。…あ、お花を持って来てくれたの?」

「ううん、加藤さんに聞いたらね、有紗さんからだって。…しかも口紅ついてたわよ」

ここに、と自分の唇を指で示した。は!と思わず僕も唇に手を当てる。

「大丈夫、その時に綺麗に拭いておいたわよ。加藤さんももし見つけたらすぐに拭いただろうし、バレてないと思うわ」

有紗さん…どうして今頃そういうことをするかな?僕達はもう終わってるんだよ。夜中にコソコソと、ここは宮殿じゃないからセキュリティーが働かない、その隙を狙うなんて…。

「その花、ここよりリビングのほうがいいんじゃないかな。控えている仕官に目の保養ということで、持って行ってくれる?」

「希…」

「僕の視界から消してよ。お願いだから」

ニコニコしながら言うんじゃないわよ…と呟いて母が花瓶を持って出て行く。これでも精一杯譲歩したつもりなんだけど…。

続いて登場したのは兼古先輩と清水先輩、そうか三年生はもう春休みなんだ。それより…、

「沢渡やったぜ!!先生には運が良かったって言われたけど、合格は合格だからな」

「そうですね。おめでとうございます」

このところ明るいニュースがなかったから、嬉しいな。先輩の芝居がこれからも見れるんだ。

「いや、でもビックリしたぞ、ぶっ倒れたって聞いて。討論会はTVで見てたんだけど、全然分からなかった」

「すみません、ほとんど覚えてないんですよ」

「凄いよね、沢渡くんの本能的な行動ってわけでしょ。でもね真面目な話、あの討論会面白かったわよ。今時の高校生は…なんて言われがちだけど、しっかりした意見を持っている人もいるんだって、世間に知らしめたって感じで気持ちよかった。社会人と高校生とかいろんな企画が出てきそう」

なるほどね、ビデオを見るまでは僕自身何とも言えないけど、高校生をアピールするいいチャンスだと思う。評判がいいと陛下もおっしゃっていたけど、もっと具体的にお聞きしてみたい。

「じゃあ今度は是非、清水先輩にも何らかの形で参加していただきましょう」

「うん是非。きっと出たい人はいっぱいいると思うわよ」

「生で見ると、ますます綺麗だもんな」

ウインクなんてしてくれちゃって…。今の僕は笑えませんよ、すでに二度も奪われているんですから。

「それはそうと、初仕事はいつなんですか?」

「それがな、もう決まってるんだ。4月からのドラマで少し出るんだけど、殺人鬼の役で…少しばかり戸惑っているというのが正直なところだな」

へえ~、カッコイイ殺人鬼だな。設定では、罪悪感などこれっぽっちもなく、冷血で綺麗な殺人を楽しむ役…だそうで。

「自分が死ぬのも怖いって思うから、ましてや人を殺すなんて考えたこともないのにな、沢渡が悪魔を演じたように、俺にも出来ないわけがない、そうだろ?」

「そりゃそうですよ。ただプライベートにまで持ち込まないでくださいね。先輩の場合、すぐその気になるんですから」

「あー、その首を締めてやりたかったのにな」

やめてくださいよ、なんて兼古先輩とじゃれあいながら、きっと素敵な俳優になるんだろうなって思った。随分と謙遜していたけど、先輩は注文にすぐ対応できるタイプだから、ドラマにもすぐなじんで、もちろん演技もバシッと決めて、一気にスターになっていきそうだもん。

「俺の夢は、美智の作品で沢渡と共演することなんだからな。二人ともよろしく」

「僕が出てもいいんですかね~」

「一番目標に近い人が、そんなこと言わないでよね」

なんて言われたけど、確かに僕はすぐにでもドラマに出ることはできるだろう、でも先輩方がこれから更に本気で勉強してしごかれてきたら、僕なんかじゃ申し訳ない。せめていい芝居をたくさん見ることくらいしか出来ないけど、そう言ってもらえることは嬉しい。…僕も是非実現させたいです。

午後になり、やっと討論会のビデオを見せてもらうことが出来た。とりあえず眼鏡を受け取って、加藤、松本さんと共にじっくり鑑賞。我ながら無意識のうちに良くあんなにしゃべったものだなと驚いたし、あの時の僕には十分すぎる出来だと思う。参加者だけでなく観客も拍手や歓声で参加して、生き生きとした表情を見せる会場の一体感は、見ている側にも伝わってきた。司会進行役としては次はもっとうまくやる自信があるけどね。

と、タイムリーにやって来たのは早川一真。

「いやビックリしたよ、この大男が目の前でバッタリと倒れたことに加えて、結城さんの手際のよさ。芝居でも見ているようだった」

「ごめん、後数秒我慢すれば、君に弱みを見せることもなかったのに…」

「弱みとかそんな風には思ってないよ、君には負けを認めているから。…敵わないヤツがこの世にはいるんだって分かったんだ」

…まだそんなにたいした人間じゃないけど、僕は。

「それでなんだけど、入宮試験を受けるから。実は、君の下で働くのは嫌だなって、少し思っていた」

!…うん、それで。

「でも君のこととか王宮の仕組みを詳しく説明してもらったら、考えが変わった。国王陛下の座はもう任せたから、俺は閣僚への道を目指すことにするよ」

「へえ、強力なライバルがやって来るんだ。僕も、うかうかしてられないな」

「皇太子殿下にライバルなんておっしゃっていただけて光栄です。僕、結城さんに憧れているんだ、どこにもとらわれないで実力で道を切り開いていくってところが、カッコイイじゃない。なあ、普段はどんな人?」

どんな…って、あまり深く知らないほうがいいような気もするけど…。と何だか質問の集中砲火を浴びてしまって、というのも彼曰く、全国トップだからといつも質問攻めに遭って、聞かれることはほとんど答えられるけど、自身が分からないことは気軽に聞けない…と思っていたそうだ。それが僕になら遠慮なく聞ける、と。

「でも僕は、自分が一番正しいなんて思い込んじゃいけないと思う。現に討論会でだって、僕達二人と第三者の意見を合わせて結論を導き出したわけじゃない?もちろん自信を持つことは大事だし、時には押し通すことも必要だけど、常に他人の意見に耳を傾けることができる人間になりたいと思っている。それも、結城を始めとして信頼できる人間が近くにいる、っていう安心感があるからかもしれないけどね」

「…なんで君は、こう人間が出来ているのかね。とても17歳の発言には思えないな」

「悪かったな、これでもれっきとした高校生だよ。僕だって人並みに学校に行ったり、デートしたりしたいんだ…」

もうすぐ深雪が来る時間だ…。

「彼女と付き合ってて、そんなに楽しい?」

何気なく聞くものだから、逆に驚いた。高校生なんだよ、今女の子に興味がないっていうのはどういうことなんだ?しかも入宮したら当分は付き合うどころじゃないだろうに、もったいない。

「しょうがないな、紹介してやるよ」

「川端深雪です、初めまして」

「…早川です」

あ~、カチンコチンに緊張してる、それはつまり純情だってことだ…。

「これ、朝霧先輩から預かってきた宿題のプリント、それといろいろもらったお見舞い」

ありがとうと受け取って、そのまま頭を抱き寄せキス。…チラッと早川を見ると、うわ~という感じで赤面して顔を背けた。

「そろそろ帰るよ、また連絡くれよな」

それでも、すぐに帰るのはみっともないと思ったのか、見舞いのクッキーを一つ食べてから早川は帰った。

「希、いきなり何するのよ。早川さん凄くビックリしてたじゃない」

「あそこまで純情だとは…キスくらいでな」

「くらい?…ってわざと見せつけたの?」

いいんだよ、プライバシーには踏み込むな。さあ試験前だから勉強!勉強!と顔ではクールさを装いながらも、さっきの早川の様子を思い出しては笑みがこぼれてくる。アイツならモテるだろうに…、少しは刺激を受けてくれたかな?

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