3/3 (金) 23:00 ドツボ

なかなか、納得できる演技ができない。

演劇経験者であるはずなのに、そこはやはり学校の部活の域を出なかったのか、それとも受験勉強をしている間に感覚が鈍ったのだろうか、演じていても、どうもしっくり来ない。部活をしていた頃は、特に問題なく、自然とその役に入れていたのに、今では、やればやるほど、どんどん分からなくなっていき、ダメ出しが続く。

完全に、ドツボにはまっている。この現状から何とか抜け出さなくては…。そう思って、美智を誘い、今話題の俳優の舞台を見に行った。

「素晴らしい演技だったわ。人気があるのにも納得」

終わってから立ち寄ったレストランで、美智は舞台の感想について、饒舌に語っていた。…確かに、彼が舞台に登場するだけで、一気に引き込まれる魅力があり、またセリフ回しも、最近ドラマに出ていたときの口調とは全く異なっていて、まさに役としての彼がそこにいた。それも、役を演じているというのではなく、彼が演じることでその役を作り上げているという印象だった。そしてそれは、作品全体の印象をも作り上げているといった様子だった。

そう思うと、今までは、美智の演技指導を信頼していたし、特に沢渡が入ってきてからは、彼の演技に引っぱられるところもあって、周りの委ねているところがあった。だから、稽古をすればするほど、役にのめり込めたのだと思う。これからの俺には、頼りになる、美智や沢渡はそばにいない。

「どうしたの?落ち込んだ?」

美智は、心配そうに俺の顔をのぞき込んできた。

「いや、そうじゃない。自分の演技を客観的に見れるようになったから、見に行ってよかった」

「そういえば、演技についての相談をしてくれないわね?レッスンはどうなの?」

今日の舞台を見たら、美智の意見に頼っていてはいけないということがよく分かった。これからは自分で対処していかないと。

「うん、日々勉強だね。まだいろいろと模索しているところだから、その辺は企業秘密。出来に関しては、テレビで見て判断してくれる?」

…言うと、美智は面白くなさそうに、口を尖らせた。でも、正直、今日の舞台を見なかったら、また美智にアドバイスを求めてしまいそうだったから、ホントによかった。

実は少し落ち着いたんだ。

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