3/7 (火) 23:00 公然デート

春も間近、明るく晴れているというのに風が冷たい。寒がりの僕は、ロングコートに深雪とお揃いで買ったマフラーを合わせて、アンドレアさんとともに街へ降り立った。マスコミには知らせていないけど、堂々と仕事ですって感じで行ったほうがいいのでは?ということで、割と大胆なコース設定をしてみた。普通の恋人達がデートしそうな… 深雪と一度は行ったことがある場所を選んで…。

「ごめんなさい、もう少しゆっくり歩いてくださらない?沢渡さん背がお高いから」

これは失礼…、普段から十分すぎるくらい気をつけているつもりなんだけど、これ以上ゆっくりだとコース変更を余儀なくされる。たまには広いお庭を散歩したらどうですか?

「私もね、小さかった頃は何度も脱走を試みたのよ。家と学校との往復の間、車から見る外の世界はとても明るく自由に感じられたわ。でもすぐに見つかっては引き戻されて、結局何も知らないまま、今では出るのが怖いとさえ思うようになってしまったの。だから誰かに一緒に行ってもらいたくて…」

それは僕も他人事とは思えない。今でも外に出ることにとても憧れるし、深雪にも世間知らずねって時々笑われる。街角でティッシュやチラシを渡されると、気になっていつももらってしまう、店舗の出入り口のゲートを通る時、何故だか妙にドキドキしてしまう。財布が重くなるのが嫌で、小銭はほとんど募金箱に入れてしまう…。

「今日のことは、ご両親がよく許してくださいましたね」

「沢渡さんとならいいと、簡単に許してくれたわ。でも決して迷惑かけたりしないから、今日だけ付き合ってね、お願い」

見かけと違わずかわいい人だと思った。純真な心を持っていろんなことに関心を示して、…女の子らしい。昨日は酔っていたからかな?情熱的な眼差しで見つめられたんだよね。

彼女が住む国は一度だけ訪れたことがある。豊かな大自然に囲まれ、農業と観光が盛んな大国なので、是非仕事ではなくプライベートで滞在したいと思った。その国の王女がこんな不自由な生活を強いられているなんて、矛盾しているというか気の毒になってくる。今日一日くらいは夢を見させてあげたい。

夜、彼女はゴキゲンで、ついついワインを飲みすぎてしまったようだ。僕の年齢ではまだ飲酒は認められていないので、外では口にしない。安心感も手伝って、本当に楽しそうにしてくれているのを見ると、僕のほうまで嬉しくなってくる。そっと肩を支えて共に車に乗り込んだ。

「今日は本当にありがとう、…こんな日がずっと続けばいいのに、って思った」

僕の胸に身体を傾けて触れる指先は、温もりを求めていた。でもそれに応える気はさらさらないはずだけど、決して悪い気がしないのは何故?

「アンドレアさん、あなたは昨日『仕事とプライベートどちらを優先させるの?』とおっしゃった。ですから私はあなたに喜んでいただけるよう、精一杯努めたつもりです」

「あなたは!船に乗る時手を差し伸べてくれたことも、周囲の人にバレた時庇ってくれたことも、私の相談にのってくれたことも、仕事であって本意じゃなかったと言うの!」

「僕は人間として男として、当然のことをしただけです、あなたが特別…じゃない」

ドン!と両手で胸を押しのけて身体を引き剥がし、更に拳をぶつけ始める。

「どうしてよ…。いつもそう、本当に欲しいものは何一つ手に入れられない。好きになっちゃいけないって分かっていた、でもあなたは優しくて素敵で、どんどん惹かれていって、もう止められない。こんなに好きにさせてどうしてくれるのよ!」

見上げた彼女と目が合って、…だがその瞳が凍りついたようになり、涙がぽろぽろとこぼれ始めた。

「いや~、そんな瞳で見ないで~」

僕は、離れていきそうになったその身体を、そっと支えてあげる。

「優しくしないでよ」

「僕が泣かせてしまったのだからその分の責任はとります。…だけど今の僕は一人の女性を愛すことで精一杯なのです、申し訳ありません」

「それ以上言わないで…惨めになるから」

宮殿に着くまで、ずっと肩を抱いてあげていた。これまで何人もの女性を、結果的にフッてきたことになるけれど、みんな一様に僕の目から何かを感じ取るらしく、あまり言葉を聞きたがらない。僕だっていつも心が痛むんだ、告白なんてしてこなければいいのにと思う。そうすれば余計な気を遣わなくていいのに。

「ありがとう、時々連絡してもいいかしら?沢渡さんって相談にのるのお上手だから」

「はい、そういうことでしたら、いくらでもどうぞ」

「ごめんなさい、たくさん泣いたからひどい顔で…、お休みなさい」

僕が身を屈めたところ、彼女が頬にキスした。

「お休みなさい」

お返しに僕も彼女の頬にキス。少しは笑みが戻ったのを確認して僕は背を向けた。

これでよかったのかな…彼女に下心があったのは初めから分かっていた。出来るだけその気はないという態度を終始見せるようにしていたけれど、これからどうなるかなんて分からない。…まあいっか、明日にはお帰りになることだし、…どうせ僕のことなんてすぐに忘れてしまわれるんですよ。

「有紗さんによろしく、今度はもっと女を磨いてくるわって伝えて」

何ですって!?

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