夜、不意に沢渡の顔を見たくなった。コンピューターに聞くと、「殿下は自室にいらっしゃいます」
子離れしようと決めたんだけどな・・・、いやこれではまるで逆だけどいいか・・・。すでに本をパタンと閉じて、ターボリフトに向かっていた。
「どうしたの?結城が僕の部屋に来るなんて。・・・相当お疲れだね」
「新入宮者が始末におえない」
ビックリ顔の沢渡は俺をソファーに座らせると、イチゴ牛乳を出してくれた。・・・こんなの飲むヤツだったか?
「疲れた時は甘いもの、これ結構イケるんだよ」
はあ~、なんだか不思議な気分だ。こんな風に育てた覚えはないんだけどな。すでに親離れは完了しているようだ、どことなく寂しいような気がする。部屋にも見慣れないものが増えたようだし。
「明日も忙しい?」
え?明日は・・・何だっけ?一瞬頭が真っ白になる。
「思い出せないくらいなら、たいしたことないよ。新入生歓迎会、見に来ない?」
新作か・・・。
「でもこれ以上深雪ちゃんとラブラブなところを見せられてもな。加藤からの話だけでお腹いっぱいだ」
「とか言って、来る気マンマンになってきてるでしょ」
嬉しそうに聞いてくる。確かにその通りだよ、そうすれば少しは元気になれるような気がしてきたから。
そんな俺の様子を見て、沢渡は安心したようにピアノに移動した。
目を閉じると、真っ黒な世界にぼんやりと色彩が浮かび上がって、輪郭を形作っていく。どこだろう・・・ここは。見たことがある景色。
森閑とした湖のほとり。遠くには古い時代の城が、その空気を現代に伝えている。
俺は、穏やかな風景の中に存在していた。手近にあった小石をつかんで、水の中に投げ込む。・・・来るのだろうか?約束なんてしていない、ただ最初に逢ったこの場所でなら、また会えるような気がしたから。
もう一つ投げ込んむ。・・・じゃあ来ないか?でも帰る前にもう一度会っておきたい。どこの誰かも分からない、まるで妖精のように不意に俺の前に現れ、やがて消えて行った。それだけなのに、まだどこかこだわっている俺がいる・・・。
あ、今、木々の隙間に彼女が見えたような・・・慌てて立ち上がりその姿を追いかける。幻ではないことを祈るより先に、彼女が立ち止まって、こちらを振り返った。