5/6 (土) 1:00 理想の家族像

夜の楽しみとなったフリートーク会も最終日なのだけど、今夜は沢渡の一言から始まった。

「朝霧は家族と仲がいい?」

え?また急に・・・。我が家は首都の近郊都市に住んでいて、家には両親と祖母がいる。両親は僕をクラシックの道に進ませたかったので、入宮が決まった時には大喜びをしたし、今でも連絡はかなり取っているので、仲はいいと言えるんじゃないかな?

「家に帰るとどんな感じ?」

「どんな・・・って。家にいる時くらいは、ゆっくり話したりするよ。ごく一般的な普通の家族像だと思うけど」

「じゃあ、普通ってどんなの?俺は家に帰るとデートしようなんて言われるんだけど、これは普通じゃないよな」

ああ、沢渡のお母さんには何度かお会いしたことがあるけど、気持ちが若いよね。息子がかわいくてかわいくてしょうがないという感じ。

「でも一般的に母親って息子のことがかわいいらしいよね。僕の家はさすがにそこまではいかないけど、僕の好きなメニューを用意して待っていてくれたり、普段の生活はどうなのかって聞いてくるよ」

「ウチは二人で外出する時一番喜ぶんだけど・・・やっぱりおかしいよな」

「う~ん、でもたまにしか会えないんだから、その気持ちは分かるよ。おかしくはないんじゃないかな?」

そうかな~、と、なんだか納得いかないような顔をしている。

「じゃあ、息子のほうが親より出世しているっていうのはどうだよ」

それも世の中にはあり得ない話ではない気がするけど・・・。それに沢渡の場合はかなり状況が特殊だからね、仕方ないことなんじゃないかな?

「じゃあ、親のことを尊敬してる?」

・・・何なんだよ。僕からはとても良さそうな家族に見えるけど、何が不満なんだ?

「家族って何だろう・・・。俺の場合あまりに離れすぎていて、愛着がないんだよ。入宮する前のことはほとんど覚えていないし、いつからか宮殿が自分の家みたいになっているから、親とか兄弟と言うよりは普通の人付き合いって気がする」

「沢渡・・・」

僕は小学校を卒業してから入宮したけど、普通の中学校に通っていた。それに対し、沢渡は幼稚園を卒園してからずーっと宮殿で育ってきた。僕が初めて出逢った頃にはすでに大人びて見えたし、言われてみれば彼の口から家族の話は聞いたことがなかったかもしれない。最初はともかく、そのうち二人で遊ぶことが楽しくてしょうがなくなって、それで十分だったから。

でも高校に入学してから去年の夏までは、自宅から通学して、週末だけ宮殿で過ごしていた。・・・僕はずっと宮殿にいたけれど。そしてそれは上手くいっているのだと思っていた。デートの話は聞いていたし、いつも一定のレベルにとどまっているから、取り立てて問題はないと・・・。それに家族と過ごすことは落ち着く、という一般論に反論の余地はないと思っていたから。

「みんな好きだし、大切だとは思うんだけど、みんなにしたってそうだよ。わが子ながら手塩にかけて育てたわけでもなく、時々しか会えなかったのだから、今更一緒にいてもなんだかギクシャクしちゃって、変な感じになってしまう」

「沢渡!」

僕は頭に来て、声を荒げていた。

「お前、本気でそんなことを言っているのか!ご両親が産んでくれなかったら、今の君はこの世にいないんだよ!そして入宮するまでは、きっと深い愛情を注ぎ込んで育ててくれたんだよ。君は覚えていないのかもしれないけれど、ご両親やお兄さんは忘れるはずなんてないだろ。みんな君のことを愛しているんだよ。この世に一つしかない家族じゃないか、君ももっと愛してあげろよ・・・」

「そんなこと言ったって、理屈で愛すものじゃないだろ!その自発的な感情が湧きあがってこないんだから、どうすることも出来ないんだ・・・」

その時、「どうかなさったんですか!」と加藤さんが飛び込んできた。・・・沢渡は顔を伏せて、声は押し殺しているが肩を震わせている。

加藤さんがそっと沢渡の隣に腰を下ろして、「殿下」と優しく声を掛けると、導かれるように加藤さんに身を預けた。僕にはこの上もなくショックで、どうしてあげたらいいのかも分からなかった。

昨日の沢渡の言葉を使わせてもらえば、彼自身も間違いなく乾いている。しかもカラカラに。僕は彼のことをよく知っているつもりだったけど、傷つけてしまったのかもしれない。

・・・でも子どものようにじっと顔を埋める沢渡と、きつく抱きしめる加藤さんの様子を見ていたら、だんだんと分かりかけてきたような気がする。僕は加藤さんのことをお母さんのように見えると言った。よう・・・なのではなく、沢渡にとってはもう、そうなのかもしれない。すると結城さんはお父さん・・・お兄さんかな?響殿下のことも随分とお慕い申し上げていた。もう彼にはそれが家族なんだよね。

そしてもう一つ、いつも愛情に飢えていたのかもしれない。だったら深雪ちゃんに対して、極度に取り乱すことについても説明できる。本当はもっと愛し愛されたいんだよ、きっと。折角見つけた拠りどころを誰にもとられたくない・・・それが嫉妬につながっている。でも、どこか諦めている。期待しない部分も持ち合わせている。

昔のことをあまり覚えていないと言っていたのは、会いたいのに会えなかったことが辛すぎたからじゃないかな?彼が結城さんに懐くまでの話は、僕も聞いたことがある。毎晩のように展望台で泣いていたという・・・。

なのに今までの分を取り戻そうと思った時には、家族に対して愛情が湧かないなんて・・・、王宮は残酷なところだ。沢渡が財務長官に就任した頃、マスコミは盛んに家族を取り上げていた。英才教育の仕方を聞いてみたり、理想的な家族像だと褒め称えてみたり・・・実態がこんなことになっていたなんて、僕でさえ知らなかった。

「私はずっと殿下にお仕えいたします、ご安心ください。焦らなくてもよろしいんですよ」

僕も何か言ってあげなければ・・・、でも言葉を選ばないと・・・、それより先に謝らなきゃ。

「沢渡ごめん、分かったような口を聞いたりして。どんなに寂しかったかも知らないで・・・」

言うと、ううん、と顔を横に振って、緩められた腕の隙間で涙を拭い始めた。・・・僕がティッシュを差し出すと、受け取りながら、

「いや、朝霧の言う通りだよ。俺のことを産んでくれた、世界に一つしかない家族なんだよな」

「でも愛そうとして愛すものでもない、っていうのは僕にもわかる。今はその気持ちを素直に伝えてあげなよ、それだけでも十分喜んでくれると思うよ」

すると初めて少し表情が緩んだ。

「うん、そうするよ。・・・なあ、買い物に付き合ってよ。レッドリボンデーも近いから」

そうか、それもあって考えていたんだね。5/14は両親に日頃の感謝を込めて贈り物をする日。だったら尚更、さっき言ってしまったことを謝らなければならない。その分、夜が明けたら修学旅行も最終日だから、たくさん買い物をしよう。

僕もずっと沢渡の親友でいるから。・・・もちろん彼がよければの話だけど。

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