実は一昨日、朝霧先輩からメールをもらった。バレたら殺されるから絶対に言わないでよ、という前置きつきで。
「親友として、沢渡のことをこれからもよろしくお願いします」
と。改まってお願いされても・・・、それに「分かりました」って言うのも変だし、どう返事をしたらいいのかよく分からなかったんだけど、「朝霧先輩にまで心配をかけないように頑張ります」と送っておいた。
希は直接的には何も言わなかったけど、気づかなかったはずがない。遠足の帰り、夕焼けを見ていたらだんだん物悲しくなって、会いたくて寂しくてたまらない気分になってしまっていた。その時私の隣に座った吉岡くんは、
「俺なら絶対そんな顔はさせないのに」
・・・不覚にも、気づいた時にはすでに涙が頬を伝っていた。でも、いけない、と拭おうとする前に吉岡くんが私の頬に触れたとき、ゾクリと背筋が凍りついた。・・・この人じゃない、この人じゃダメなんだって。
さすがに希には言っちゃいけないって思った。朝霧先輩が私にあんなことを頼んでくること自体、おかしいじゃない。久々に会ったとき・・・なんだか希が、触れたら壊れてしまいそうなガラスのようにやけに透明に見えてしまった。私を確かめるように何度も何度も抱きしめ、肌に痕を残させた希に、改めて自分の罪の深さを知らされた。
何度謝っても、心からは許してもらえないかもしれないけれど、二度とあんな顔をさせたりしないから・・・。本当は私なんかよりずっと、心が繊細なんだよね・・・。希のことだから、多分あれでも氷山の一角にしかすぎないような気がする。
ビデオ上映会に登場した希は、すっかりいつもの様子に戻っていた。そして当たり前のように私の隣に腰を下ろし、いざスタート。
変な先入観は一旦ここでは置いておくことにして、メインである吉岡くんと水島さんは、さすがに経験者ということもあって、落ち着いて見ていられた。水島さんは、先週の遠足の時演技についていろいろ質問してきたけど、私の場合、その場の空気に触れると勝手になりきってしまうところがあるから、あまり参考になるようなことは言ってあげられなかった。でも相手は大事だと思う。
オーディションのときの感触からすれば、吉岡くんはごく自然にその気にさせてくれるだけのオーラを放ってくれているから、何の心配も要らないと思った。・・・そして実際そうだったみたいだけど。
吉岡くんと水島さんは、最初は何となくお互いを意識している程度。でもそれぞれ別の人から告白されたことで、逆にどんどん好きかもしれないという気持ちが確信へと変わっていく。吉岡くんが他からの告白を退け、いよいよ本命である水島さんに告白しようとした矢先、その子は水島さんのことを恨んで嫌がらせを・・・。
悪夢がよみがえる。身体が震える。
「見るな、こっち向いてろ」
すかさず手を握って、耳元で囁いてくれた。・・・こんな展開になっていたなんて知らなかったよ。そこまでしなくても。・・・結局終わるまでいたはいたけれど、まるで見れなかった。
「ちょっと、ごめんなさい」
さすがに部室をあとにしようと立ち上がると、希がついてきてくれた。
「ずっとこうしていてやるから」
優しく抱きしめて頭をなでてくれる。・・・怖かった、・・・苦しかった。でも今度もちゃんと希は助けに来てくれたね。
「大丈夫だよ。・・・とりあえず希は戻って」
「その顔はまだ大丈夫じゃない。そのくらい分かるんだよ」
うん、そうだけど。
「これから大事な批評会じゃない。・・・私はここで待ってるから、行ってきて」
あそこには戻りたくない、・・・でも少しだけなら待っていられる。今日は一緒に帰ってくれるって言っていたから。
「分かった。じゃあ、手早く片付けてくるから、ここで待ってろよ。どこにも行くな」
うん、・・・頷いて希の背中を見送った。思い出さないように何か別のことを考えよう。
窓の外でも眺めようかな~。いい天気だね。風が心地いい。・・・ドライブに行きたいな。希って車の免許を取らせてもらえるのかな?あ、確か響殿下は取らせてもらえなかったっておっしゃっていたかも。結城さんみたいなスポーツカーで、・・・行ってみたいな。