「はぁ・・・」
今日一日で何度ためいきをつかれたことか。気づいていらっしゃいますか、殿下?
今週はリディア王国の国王陛下ご夫妻と、ご子息でいらっしゃるヘンケル皇太子殿下がお見えになります。このヘンケル殿下が有紗様の恋人で、このたび婚約なさる運びになりました。もちろん有紗様とはもう縁を切っておいでですが、未だに心を乱されるご様子です。私も有紗様とヘンケル殿下のお話はつい最近うかがいましたので、大変驚いております。いつから付き合っていらしたのか・・・どう考えてもその期間は短いはずです。
ヘンケル殿下は私と同い年、一度お目にかかったことがございますが、沢渡殿下といささか似ているところがあるかもしれません。年は10歳ほど違いますし髪ももちろん短いのですが、クールな美貌に加え、仕事もお出来になる・・・高貴なお方は大体そうなのですが、殿下は気にせずにはいられないといったご様子です。
「加藤、今夜は道場で稽古をつけて」
殿下には、定期的に武道の稽古をつけて差し上げています。もちろん万が一のための護身術で、今のところ実際使われたことはないようですが、見かけによらずかなりの腕前なんですよ。
「かしこまりました。しかし、邪念を持ち込まれましたら私はお相手をいたしませんので、そのおつもりでお願いします」
武道は鬱憤晴らしをするためにあるのではありません。心身を強くするためです。
あ・・・。
しっかりと固まってしまわれた殿下。世間的にはまだ悟られていないようですが、こうして身近でお仕え申し上げておりますと、殿下の分かりやすさ加減には時々私のほうが怖くなります。素に戻られることも大切ですけどね。
「もっと強くなりたいんだ。いつまでも加藤に甘えているわけにはいかないから」
「そういうことでしたら、お相手いたしましょう」
殿下はなかなかご自分からは悩みを打ち明けてくださらないので、私のほうから引き出すようにしてはいるのですが、今回のことはさすがに話しにくいでしょうし、結城さんにお任せすることにしましょう。それでなくても、深雪さんや家族のことで散々悩み抜かれているご様子。殿下は頭がよろしいので考えすぎてしまわれるんですよ。慎重なのは結構なのですが、度を超えてはいませんでしょうか?
「はぁ」
またためいきとともに、長いおみ足を組み替えられました。今日で随分多くの幸せが逃げてしまったのではありませんか?悪循環を早めに直されたほうがよろしいのでは・・・。