両殿下の国葬は17日、皇太子の即位の儀は18日に、そして元々16日に開会予定だった議会は、19日からということになった。即位に向けての準備が着々と進んでいるが、その前に殿下の国葬で、朝霧と一緒に、殿下がお好きだった曲を演奏することになった。正直あまりにも思い出が多すぎて、演奏することができるかどうか心配だけど、朝霧がいてくれれば何とかなるような気がして、お願いした。
「未だに信じられないよね。殿下のことだから、今にもひょっこりターボリフトからいらっしゃるような気がする」
…それは、僕も同じだ。僕たちが演奏していれば、聞きにいらっしゃるような気がする。
「だけど、事実は事実として受け止めなければならない。僕はまだ殿下に、今までたくさん教えていただいたことに対してのお礼をお伝えできていない。だから、いい演奏をしたい」
「僕も。殿下と舞さんにも喜んでいただけるように、心を込めて演奏するよ」
よしっ、と合わせ始める。
しかし、殿下にいただいたピアノを奏でていると、それだけで感極まってしまい、視界が歪んでくる。
「沢渡、大丈夫?」
…ゴメン。いつの間にか僕の演奏は止まり、朝霧が僕の隣に一緒に腰掛けてきた。
殿下と出逢った展望台、…あのときも僕は泣いていた。響さんは優しくて、僕の話を聞いてくれて、優しく抱きしめてくれた。そして、カッコよくて、頭がよくて、何でも知っていた。僕の拙いピアノに大きな拍手をしてくださり、演劇の楽しさを教えてくださり、政治家の道へと導いてくださった。いつも僕の前を歩いていらした殿下は、憧れの男性。殿下みたいになりたくて、立ち居振る舞いに気をつけるようになったし、苦手な人付き合いも頑張ってきた。
「沢渡、この曲はやっぱり思い出が多すぎるよ。違う曲にしないか?」
いや、でも、この曲が殿下の一番のお気に入りだから。殿下みたいに、明るく、朗らかな、春の日だまりのような雰囲気のこの曲を、殿下はいつもニコニコしながら聴いていらした。そしてその様子を眺めていると、僕も心がウキウキしてきて、軽やかに指を躍らせていた…はずなのに。
「沢渡!」
いつの間にか結城がいて、きつく抱きしめられた。
「無理して弾くことないぞ。それでなくても、お前はピアノを弾くと感情的になるんだから」
「でも、僕が成長したところをお見せしたいんだよ」
しかし、涙が止まらず、朝霧には一旦帰ってもらうことになった。参ったな、大丈夫だと思ったのに…。