「今日は俺が送っていく」
部屋で一緒に、毎月一回響が司会を務める政府広報番組「H-K Time」を見たあとで、俺は提案した。昼間いろいろと考えた。沢渡の将来にとって大切なものは何か、と。仕事、学校生活、それとも恋愛か。
「ねえ、どこに行くの?家の方向とは違うけど?」
車は法定速度を超えて、海岸線をひた走っていた。宮殿内ではどこに人の耳があるのか分からないので、話を切り出せなかった。しかし、それは単なる言い訳に違いない。この期に及んでも、まだどう切り出そうか迷っているのだから。
「ねえ、どうしたの?」
その言葉に、もう逃げることはできないと悟り、近くの駐車場に車を停めた。昼間は天気がよかったが、曇ってきたのか辺りはほとんど闇である。沢渡の横顔も、輪郭がはっきりしない。
「有紗さんと別れるんだ。・・・これはお前のために言っている。将来有望なお前のキャリアに傷がつくようなことがあってはならない、そうだろ?」
しかし沢渡は無反応で、沈黙を守ったままだった。
「頼むから、有紗さんだけはやめてほしい」
「・・・何言ってるの?今更そんなこと言われたって、どうしようもないよ。止めるならもっと早めに言ってくれないと・・・もう戻れないところまできている」
もう戻れない・・・とは。
「結城が言うことは正しかったから、いつでも従ってきたつもりだけど、今回に限っては僕の気持ちの問題で・・・」
「お前は、恋みたいなものに浮かれているだけだ」
みたいなもの・・・?と、くぐもった声が発せられる。
「今まで黙って見てきたが、もうそろそろ分かっただろう?」
「違うよ。結城は何も見てないじゃないか、何が分かるって言うんだよ!わざわざ僕を苦しめるために、放っておいたわけ?」
「・・・そうじゃない。確かにすぐに見極められなかった俺にも責任はある。だけど、断り上手になるのも、イイ男の条件だ」
「やっぱりそのために僕を・・・」
「怒るのも無理はないけど、そのほうがお前のためにいいと思って」
沢渡は、ワケが分からないといった様子で完全に黙り込んだ。少しでも落ち着くようにと右手に触れようとしてみたが、さっと振り払われてしまった。・・・もうそろそろ、自宅へ送っていかなければ。
悪いことをしたと思っている。しかし女性は他にもいるのに、どうして有紗さんなんだ?・・・女性選びは慎重に行かないと、命取りになる。
自宅に着くまで、彼は言葉を失ったままだった。・・・着いたことすらもしばらくは気づかないほど、悩みの森を彷徨っているようだった。
「・・・沢渡」
声をかけるとふと我に返り、そのまま車を降りていってしまった。