宮殿で暮らすようになって9年。高校に入学するにあたって、久々に実家に帰ることになったわけだが、いざそのときが近づいてきたら、楽しみよりも不安が勝ってきた。
ホーンスタッド王宮は、世襲制ではなく、人材登用により受け継がれていくという、一風変わった性質を持っている。王宮政官は宮殿に居住する公務員で、専門的に政治に携わるエリート集団だ。通常は、高卒以上の国民が厳しい選抜試験を経て採用されるのだが、僕は実験的に幼稚園卒園とともに招宮され、特別な教育を受けてきた。
しかし、その実験は成功したとは言えない。子どもの僕にとって、家族と離れて暮らすことは辛すぎた。よって、何度も脱走を試みたり、教育係を困らせたりしたが、幸運にも僕は響殿下と結城に出逢った。二人は辛抱強く僕の面倒を見てくれて、僕はようやく落ち着きを取り戻した。
「正直なところ、今更どんな顔をして会えばいいのか分からなくて困っているよ」
「でも、血を分けた家族なんだから、大丈夫だと思うよ。あれこれ考えるより、実際会って見れば、あっさり解決するんじゃないかな?」
「どうしてそう言い切れる?」
「・・・だって、家族だからね。・・・うーん、でも、あまりにも居心地が悪かったら、ここに戻って来ればいいだけの話でしょ?もっと気楽に考えたら?」
大人ばかりの宮殿で、唯一の友達は朝霧だ。落ち着きを取り戻してからの僕は、研修プログラムを順調にこなしていったが、対人面に関して問題があった。何度か外国に短期留学をしたのだが、友達が出来なかったのだ。
そこで、当時ヴァイオリニストとしての頭角を現し始めていた朝霧が、たまたま僕と同い年だったことから、小学校を卒業すると同時に楽士として入宮し、友達になってくれた。かく言う朝霧は、あまり実家には帰っていないようだが・・・。
「気を遣わなくていいっていうのも家族のよさだよ。僕自身は、ここのほうが練習に集中できるから、あまり家に帰ろうという気が起こらないね」
基本的に、楽士の部屋は防音設計がなされており、彼の部屋には、アップライトながらピアノも置いてある。
「それでも家族のことが大事?」
「うん。特に両親には本当に感謝してる。何かのときにはすぐ駆けつけるよ」
そういうものなのかな?
「大丈夫だって。それよりも、これからはあまり会えなくなるわけだから、ピアノを弾いてよ。一緒に合わせよう」
彼は楽しそうにヴァイオリンを取り出して、チューニングをし始めた。そうだよね、困ったときに助けてくれる人たちがいるから、大丈夫だよね?・・・そんなことも、彼のヴァイオリンを聴いていると、どうでもよくなってくる。素晴らしい音色。友達になってもらってよかった。