「今日はお忙しい中、僕のためにパーティーを開いていただき、ありがとうございます」
「もう、そんな堅苦しい挨拶はなし。僕が開いてあげたかったんだから。ほら、いい感じに出来たよ」
僕が殿下の自室に伺うと、殿下は仕官とキッチンに立っていらした。実にいい香りがする。
「どうぞ座って。今持っていくからね」
僕の部屋にもキッチンはあるのだが、立ち止まったことすらない、というのは、すでに席についている結城も同じことだ。それに対して、殿下はお忙しい中実に多彩な趣味をお持ちで、時にはこのようにご馳走までしてくださる。僕にとってはすべてが尊敬に値する、憧れの男性の一人だ。
「それでは、沢渡くんの次期皇太子任命と、高校入学をお祝いして、乾杯」
「ありがとうございます」
重なるグラス、そして殿下と結城の笑顔。僕が待ち望んだ高校生活がいよいよ始まるのだと思うと、いても立ってもいられなくなってくる。
「それからこれは、僕からのお祝いだよ」
え?手料理だけでなく、品物までいただけるのですか?非常に恐縮しながら、その大きな包みを受け取り、シックな包み紙を開けると・・・、
「何だか、高校生というより、サラリーマンだな」
結城が横目で見て、皮肉混じりに笑う。
「失礼だよ。・・・とても光栄です。大切に使わせていただきます」
いただいたのは、殿下や結城御用達のブランド、KZのカバン・・・というよりはブリーフケースと言ったほうがいいような一品。確かに高校生らしからぬところがあるかもしれないけれど、僕としては大人の仲間入りが許されたみたいで嬉しい。
「だって、沢渡くんに似合うと思ったから。・・・でも嫌だね、こんな才色兼備の男がクラスにいるなんて、立つ瀬ないよね。・・・ねえ、結城の高校時代ってどんな感じだった?ガリ勉一直線?」
「うるさいな。そんな昔のこと忘れたよ」
「あ~、年を認めたね」
勝ち誇ったように微笑まれる殿下。お二人とも仕事場に行けば泣く子も黙るような厳しい政治家なのに、一緒になると何故にこんなに砕けてしまうのだろうか?
「沢渡くんは演劇部に入るんだって?」
「はい、殿下のおかげですっかり感化されました。しかし、オーディションに合格したら、の話ですが」
「そんなの絶対大丈夫だよ。オーディションと言っても形式的なもので、こんないい男を逃すわけはない」
「そういう問題ではなく、僕はまだ演じたことがありません」
「大丈夫だよ」
え?
ピアノ以外には特に趣味がなかった僕に演劇の楽しみを教えてくださったのは殿下だ。舞台の上だけは全くの異空間で、どんなことをしても許されるところに、僕は惹かれる。しかし僕はこれまで観る専門で、冗談でも演じたことなどないのだ。クリウスの演劇部は最近徐々に力をつけてきていて、入部に当たってはオーディションもあるという。演じた自分がどんな姿になるのか、それすらも想像できないのに、どうしてはっきりと言い切ることが出来るのですか?
「僕はすでに、舞台を観に行く気でいるからね。楽しみにしているよ」
「バカ。お前が行ったら面倒なことになるだろ?」
「どうして?僕はクリウスの卒業生だよ?別に、兄です、なんて顔をして行くわけではないから、問題はないと思うけれど?」
「演劇部には、兼古議員のご子息もいらっしゃる。ここは慎重にいかないと」
「そうだけど、こんな有能な彼をいつまでも隠しておくことなんて出来ないよ。時間の問題だ」
やはり、僕が三年間通うことは無理なのだろうか?初めての落ち着いた学生生活なのに。
「初めてのことで予測もつかないところがあるけれど、今こそ君の能力が試されるときだと思っている。期待しているよ」
でも正直、社会に出るのは怖い。・・・でもここでどう立ち回るかが、僕の評価に関わってくる。
「殿下のご期待に沿えるよう頑張ります」
「でも高校は楽しいから、しっかり遊んできなさい」
ありがとうございます。
「それは嬉しいけれど、実家に帰るなんて寂しくなるね」
「いえ、週末は宮殿で過ごしますから」
「待っているからね」
・・・殿下は少々涙ぐみながら僕を抱きしめた。・・・僕も思っている。殿下はかけがえのない、お兄さんのようだと。