5/20 (金) 23:00 現実

それでも原因ははっきりとは分からない。やはりロマノのワインが原因の一端を担っているらしいが、皮肉なことにロマノでは目がよくなるフルーツとして有名なのだそうだ。ドクターが言うには、視神経に異常はない、ただ回路がショートしてしまったのではないかとのこと。しかし、目以外は至って正常だということと、治療法がまだ決まらないということで、沢渡は自室へと戻った。

夜、山のように膨れ上がった仕事をとりあえず片づけて沢渡の自室に行くと、彼はピアノに向かっていた。そうか、コンクールに弾く曲か。

「今の僕なら、役の彼をリアルに演じることが出来る。これだけは役に立てるから頑張りたいと思うけど・・・僕の今後はどうなるのかな?退宮させられるのかな?」

「そんなことさせてたまるか!目が見えなくなったってお前の頭脳は健在だろ?仕事はいくらでもある、それにどんなことがあっても、お前のことが俺が守るから大丈夫だ・・・」

「結城・・・」

そして沢渡を思い切り抱き締めた。

その突然の行為に沢渡は一瞬身体をすくませたが、やがて力を抜いて俺の背中に腕を回してきた。今までどんなときも一緒だったじゃないか。だからこんなことでこれまでの関係が崩れるなんて思ってくれるな。お前を不幸になんかしない・・・。

「ねえ結城、それってプロポーズみたいだよ。そう言っていただけるのは光栄なことだけど・・・」

「うるさい、しばらく黙ってろ」

首筋に噛み付くようにキスをすると、身体がビクリと反応した。

「うわ、やめて。僕は悲劇のヒーローになんてなりたくないんだ」

何?・・・手を緩めて、沢渡の横顔を伺う。

「もう、辛くて悲しい思いはたくさんだ。これ以上傷つかないためには、これがステップアップするチャンスだって考えることが大切だよね。幸い、目が見えない生活の練習をしていたから、本当にいきなり見えなくなった人の絶望は味わわずに済んだ。それに、僕はこのままずっと見えないままだとは思わない・・・可能性はあるわけだよね。僕は信じてる」

沢渡・・・。両手を取って俺の両頬に触れさせると、沢渡は俺のほうに顔を向けた。しかし、目は見開かれているのに決して俺の視線とは絡まない現実が辛くて、俺は目を閉じた。

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