7/31 (日) 23:00 深く透明なブルー

きちんと挨拶をしたいから、とわざわざ家まで迎えに来てくれた先輩は、Tシャツにカジュアルなジャケットを合わせているのがモデルみたいにカッコよくて、ママをとても喜ばせていた。ただ私としては、出来るだけ大人っぽく見えるような服を選んだつもりだったけど、まだまだ似つかわしくなくて、気後れしてしまう・・・。

「そのワンピース、とてもかわいいよ」

車に乗り込むなり、先輩は笑顔で私の頬にキスをして、今日の予定について楽しそうに話し始めた。・・・私にはそれが少し意外だった。だってこれは私たちの初デートなわけで、普通だったら私のほうがはしゃいでいそうなのに、・・・確かにはしゃいでワクワクしているつもりなのに、それ以上に先輩のほうがはしゃいでいるみたいだったから。

「え?だって嬉しいから。こんな風に外でデートするのって、初めてなんだよ、ホントに」

信じられない!・・・それはその言葉にビックリしたというのもあるけど、いつもは秘密主義で謎めいている先輩がとってもオープンに打ち明けてくれたことに対してのほうが大きいかもしれない。

「深雪には何でも聞いていい権利をあげたじゃない?僕だって、本当は好きで秘密にしているわけじゃないんだよ。それは日常生活を円滑に送るための工夫だったり、単純に不器用だからうまく表現できていないからだったりする。なのに、深雪といると不思議と何でも話せるんだよね・・・それって変?」

いえいえ、変なんかじゃないです。私なんかは、先輩を見るとただカッコイイって思うだけにとどまっているけど、先輩はいろんなことを感じ取っているんですね。でも私のほうも、面と向かって話すのはまだ苦手だけど、電話ではたくさん話せている。それと似たようなことですよね。

「だから深雪も、思ったことは何でも話して。・・・僕は今まで容姿について言われると戸惑うことが多かったというか、それは今もそうなんだけど、それって深雪が僕の愛情に溢れた言葉に戸惑いを感じるのと同じじゃないかと気づいたんだ。僕としてはもっと深雪に褒め言葉を贈りたいんだよ、だからその代わりに、深雪も何でも言っていい。気持ちをとどめておくのは、よくない」

先輩!・・・ストレートすぎです。しかもそうやって私を見つめたまま言わないでくださいよ!でも私のほうも気づいてる。先輩はカッコイイから素敵なのだというのもあるけど、それ以上に先輩の内面も魅力的なんだって。役に向かって一生懸命打ち込んでいるかと思えば、私のことを凄く心配してくれる、そんな姿はとても素敵だけど、実はいつもいろんなことで悩んでいて悲しい目をするから、そんなときは私が助けてあげなきゃって思う。・・・全てにおいて気になる人。

「先輩みたいに素敵な人が、私なんかを好きになってくれたなんて、今でも信じられません。でもそれとは別に、私は先輩自身に興味があるし、もっと知りたい、もっとそばにいたいって思ってます。それはつまり、好きということなんでしょうか?」

「今僕は、勝手にそう受け取ってしまっていた。だって僕も同じ気持ちだから・・・」

そして唇の端にそっとキスを落とした。

 

着いたのは、最近オープンしたばかりの水族館。なかなか行きたいところが言えないでいたら、先輩は、それじゃあ任せてくれない?と言った。何でも先輩は前からこの水族館が気になっていたそうなのだけど、男同士で行くのはどうかと思っていたとか。私としても、気になっていたけど、誘われなかったらこの人混みに敢えて揉まれようとは思わなかったから、嬉しい。

先輩ははぐれないようにと手をつないでくれている。そして先輩と話すたびに感じるのは、背が高いから、話をするにはかなり見上げなければならないということと、脚が長いということ。

「ちょっと座ろうか」

はい・・・。深海のフロアにあるベンチは比較的空いていたので、一緒に腰を下ろす。・・・座るとそんなに背の高さは感じないんだけどな。先輩は脚を組んで、大きな水槽の中をゆっくりと泳いでいるジンベイザメをぼおっと見上げていた。

「押しつぶされそうな感じがするね。僕の心も、少し前まではこんな風につぶれそうになっていたんだよ」

え?・・・でも何だかその言葉は、私に向かってというよりは独り言のようだった。

「あの頃の僕は、毎日の生活に息苦しさを感じていて、光が見えない状態だった。だから心は冷たくなり、何も感じなくなっていった。そうなると、深海も決して居心地の悪い場所ではなくなったんだ。とにかく辺りが静かだし、見たくないものは見なくて済む、上や下を気にせず自由に生きられるって。ただやっぱり僕は人間だから、ずっと海の中に居続けることは出来ない、息継ぎをするために海上に顔を出さなければならない。・・・でも、あるときはそれすらやめてしまおうかと思ったことがある。そうすれば楽になれるんじゃないかって」

先輩・・・。

「ううん、ちょっと懐かしさを感じただけで、今はこの大海原を泳ぎ回りたいって思えるようになっているから大丈夫」

先輩はいつも蒼いアクセサリーをつけている。それは海のイメージからかな?いつも穏やかな表情をしているのは、その気持ちを水圧で押しつぶしているからなのかな?

「海から出よう。長居するところじゃないよね」

それからはいつもの様子に戻って、あちこちの水槽を見たり、買い物をしたり、食事をしたりした。

でも夜になって連れて来られたのは、またしても海だった。

「深雪に話しておきたいことがあるんだ」

そして先輩は、自分の生い立ちについて話してくれた。確かに、この若さで次期皇太子だというのには驚いたけれど、それよりも、先輩が寂しげな目をする理由が分かったことのほうが私には大きかった。先輩は一人でずっと寂しかったんだ、少しだけどその気持ちは私にも分かる。私もずっと、疎外感を味わってきた。未来に希望なんて見出せないと思っていた・・・先輩に会うまでは。

「でも私が見る先輩は、いつも笑顔ですよ。それは嘘じゃないんですよね」

すると、うつむいていた先輩がぱっと顔を上げた。

「そうなんだよ、君を見ていると、いつの間にか笑顔になっているんだ・・・参っちゃうよね」

暗がりなのに、先輩のその微笑みは花火のように輝いていたので・・・、

「先輩は笑ってるほうが素敵ですよ」

と言ったのがいけなかったのか、先輩はそれっきり顔を伏せて、私の方を向いてくれなくなってしまった。・・・先輩ったら、子どもみたいにかわいい。

先輩の印象が随分と変わった一日だった。

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