昨日の電話のおかげか、直前に先輩が抱きしめてくれたせいか、本番では自分の力を全部出し切れたと思う。舞台に出てしまえばもうお兄さましか見えなくて、ただ助けになってあげたいというか、元気になってほしいと思うだけだった。最近は自分でもどっぷり役に入り込んでいたと思う。何だかこうして他の誰かになりきることって結構楽しい・・・そうすれば、先輩と話すことだって何でもないんだけど。
「ねえ、明日どこに行く?」
打ち上げの席で先輩に聞かれたとき、思いっきり顔が熱くなってきて困った。
「何?どうしたの?今更恥ずかしがらなくてもいいじゃない。だって深雪は、眠くなってくると敬語を使わなくなるほどフレンドリーなのに」
え~!!!・・・そんなことありました?全然覚えてない。
「すみません」
「ううん、別に謝らなくてもいいよ。そのほうが恋人らしくていいし、指摘したら目が覚めてしまうと思って言わなかった」
そんな・・・。これからどんな顔をして話をすればいいんだか。そんなとき、たまたまそばを通りかかった兼古先輩が、「コラ沢渡、深雪ちゃんをいじめるんじゃないぞ」と言って笑いながら去っていった。・・・全然助けてくれないんですね。
「・・・分かってる、自然な付き合いの方がいいってことは。でも今の僕は嬉しくてたまらないんだ、舞台の上でいい演技が出来たことも、それを認めてもらえたことも、これで遠慮せず深雪と向き合えるようになったってことも」
・・・だから、打ち上げの席で、近くではないものの他の部員がいる前で、こういう話をするわけですね。
「分かったよ。じゃあ、ちょっと一緒に来て」
先輩が、何も言わない私の手を引いて、廊下へと連れ出した。今日の会場はとあるレストランで、この辺りは個室がずらっと並んでいるのだけど、そこを通り過ぎて奥のほうまで来た。
「ねえ、僕は君にもっと、好きだって気持ちを表したいんだよ。でも、君には嫌われたくない。どうしたらいいのかな?」
そんな、私が先輩のことを嫌いになるはずがありません!でもそれを伝えることすらも恥ずかしくて、どうしたらいいのか分からないんです・・・。ふと先輩を見ると、困ったような顔になっていた。私のほうこそ、嫌われないようにしなきゃ。
「あの・・・、ただ恥ずかしいだけなんです。嫌なわけなくて・・・、もちろん嬉しいです」
ああ・・・、何かうまく言えない。だから・・・その・・・。気づいたら、先輩の胸の中に飛び込んでいた。先輩のことを離したくない・・・。
「深雪、愛してるよ」
先輩が耳元で囁くから、ドキドキして尚更手に力が入ってしまったみたい。
「悪いけど、もう少し緩めて。キスさせてよ・・・」
目を閉じれば先輩の顔は見なくて済む。・・・でもその甘い感触にますますドキドキが高まってしまった。