10/25 (火) 14:00 近くて遠い親友

今日は久し振りに、朝からずっと沢渡と一緒に学校にいる。でも沢渡の元には入れ替わり立ち替わり誰かがやって来るので、なかなか話ができない。僕はもともとそんなに口数が多いほうではないのだけど、僕の生活が変わったこともあっていろいろと相談したいことがある。でもなかなか彼がつかまらない、すると尚更話したくなる、とすっかり悪循環に陥ってしまっている・・・恋人でもあるまいに。・・・昼休みは深雪ちゃんと食事に行ってしまうし。

「沢渡、ちょっと話したいことがあるんだけど、いつだったら空いてる?」

ある休み時間に聞いてみると、沢渡は急にばつが悪そうな顔になった。

「そうだよな、最近お前と話せてなかったもんな。じゃあ、明日の夜はどう?明日なら一緒に食事できるけど・・・」

うん、いいよ。一緒に夕食だなんて滅多にあることではない。宮殿では、沢渡のような高官と僕のような楽士では生活環境からしてまるで違うわけで、基本的に、お互いの部屋以外で会うことはほぼ皆無。その一方、学校以外で沢渡に会えるクリウスの人間はそういないわけで、その意味では少々優越感を味わうこともできる。・・・だなんて、発想がおかしくないか?僕たちは親友なのだから、今更どうこう言うのも筋違いというものだ。

今はアルバムのことで頭を悩ませている。僕としては先日の殿下の披露宴同様、沢渡と共演したいと思っている。僕がこうして楽士としてコンクールで優勝できたのは、沢渡、そして殿下のおかげだ。だから、最初のアルバムではぜひ感謝の気持ちを伝えたい。ただ、沢渡を巻き込むとなると、今では利害が絡んでくるわけで、純粋に殿下のために一緒に演奏したいという気持ちがねじ曲げられて解釈される可能性もある。

それにもう一つ。これは僕の気持ちの問題なのだけど、世界一になれたことで大きな満足感を得られたということが、逆に、今後の方向性についての不安材料ともなっている。今までの成果は十分に認められた。それはそれとして、優勝後にいくつかのリサイタルを開かせてもらった時に、お客さんからの拍手がとても嬉しかった。

コンクールのときは楽譜に忠実に、でも自分なりの解釈で演奏しなければならないが、いつしかそれが僕には窮屈なことに思えてきた。それは演劇をやっていることと関係があって、演劇の場合は脚本があって演出家がいるわけだけど、お互いのやりとりによって最初とは違う演出になったり、時には台本が丸ごと書き換えられたりすることもある。その柔軟性が僕にとっては新しくて、ヴァイオリンももっと自由に弾いてみたいと思うようになってきたのだ。

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